完璧な病室 (中公文庫) 完璧な病室 (中公文庫)
小川 洋子   中央公論新社   中央公論新社  
美しく、グロテスク
繊細で綺麗な文章。それによって描かれる小川洋子さんの世界は、とにかく美しい。
表現力の幅が広く、色々な手法で読み手を楽しませてくれます。
彼女の作品の魅力のひとつとして、「美しい世界の中の闇」が挙げられると私は思います。
表題作「完璧な病室」はその魅力の顕著な例で、ビーフシチューを鍵に、綴っています。
それは、微かな吐き気を催すくらい、リアルで、美しい世界から一転した、グロテスクな闇の世界。
小川洋子さんは凄い!と私が話を持ち込むなら、この小説を掲げるでしょう。それくらい、凄まじく魅せられました。
この作品含め四編が収録されています。どの作品も素晴らしいと思います。
私は表題作他に、「ダイヴィング・プール」が特に好きです。
好き嫌いは分かれるかも知れませんが、興味のある方は、是非。


純文学
 冷たく、静か、そして綺麗な小川洋子の世界。哀愁漂う「完璧な病室」中性的な「冷めない紅茶」この二編が特に気に入った。
 ストーリーの奇抜さ、面白さで読ませる大衆小説とは違う、落ち着きある洗練された思想、文章で読ませる純文学の世界。どちらが良いと言うわけではないが、テレビでは決して表現できない「文学の世界」を堪能するのも、たまには良いのでは?

凍りついた香り (幻冬舎文庫) 凍りついた香り (幻冬舎文庫)
小川 洋子   幻冬舎   幻冬舎  
ゆるやかな記憶
この本の特徴として感じたこと、それはゆるやかな場面転換である。

小説を読んでいると現在と過去、場所の移動などの場面が変化するときに、どうしても現実に引き戻される事が多い。しかし、この本では、場面の転換に境がなく、するりと「記憶」と「現実」を抜けてゆく。

小川さん独特の美しい表現がそうさせるのか、作品自体の持つ魔力なのか、この不思議な魅力を是非一度味わって頂きたい。
魅惑の世界
ストーリーやいきさつはさほど面白いというわけでもないけれど、
それでも引かれて読んでしまうのは
文章の美しさと表現力と作者の作る世界の魅力。
しぐさや表情や数学や香りやスケートやが作者の指揮棒で美しい旋律を奏でてあきさせない。
うっとり読んでしまう。
小説の楽しみにひたれる上質な時間がうれしい。



小川さんらしい世界です
あいかわらず、ちょっと不思議な小川洋子の世界を堪能した。
 主人公はフリーのライター。調香師の恋人が死んでしまい、その弟と出会うことで、彼の知らない面が次々とあきらかになっていく。
 プラハと日本を行ったり来たりしながら、話は進む。日本はものすごく現実的で、プラハはちょっと現実離れ。でも、少しづつつながっていく。
 最後はいつも通り救われない。ブツリ、と話は終わる。けれど、この筆者らしい終わり方で、それなりにスッキリする。
主人公に寄り添うように
始めから終わりまで、まるで耳元で囁かれているような物語でした。
恋人の死と過去を巡る中には、じんわりとした深い悲しみと
不思議な暖かさが感じられます。
著者特有の細かな身体描写と、数学・理科系描写が
この作品にも強く表れていると思います。
本当の・・・
 あらかじめ恋人の死が提示され,その恋人の過去を探しにいくという形式の小説.哀愁漂う冷たい雰囲気で描かれる物語の中で,時折垣間見せてくれる,優しさあふれるエピソード.恋人は何故執拗なまでに,過去を隠したのだろう?

生きるとは、自分の物語をつくること 生きるとは、自分の物語をつくること
小川 洋子   新潮社   新潮社  
さるきちの物語は・・・。
この本は、
小川洋子と故河合隼雄先生の対談集。

1章では、
「博士を愛した公式」を引用して
数学の魅力や、登場人物の名前、人柄について、

2章で「生きるとは、自分の物語をつくること」と題し、
興味深いトピックを挙げての
談話がなされています。


小説家、一方は心理カウンセラー。

でも共通点が多くあるという事実が
非常に興味深い。


小川氏は言う。

人は生きていく上で難しい現実を
どうやって受け入れていくか
ということに直面した時に

それをありのままの形では
到底受け入れがたいので、

自分の心の形に合うように
その人なりに現実を物語化して
記憶していく作業を必ずやっている


小説家は、
その記憶を言語化し
作品を生み出す。

一方、臨床心理士は
自分なりの物語を作れないヒトを
手助けする。


それらの作業は

どこか見えないくらい世界に
すうっと降りていく感覚

であると
両者ともに表現しています。


生きていくには、
たくさんの矛盾に遭遇します。

身近な例を出しますと、


過食嘔吐を治したい。

でも、治したくない。


なーんてね。 ハハ。

彼らは言うのです。


人間は矛盾しているから生きている


そして、


矛盾との折り合いのつけ方にこそ、
個性が発揮されるのだ


小川氏は記者から

どうして小説を書くのか?


と問われることも多く、
若かりし頃は必死で
論理づけて応えようとしていたそう。

でもね、

ある時、気づく。


生きているのと同じように

書いているのだ

だから、理由なんていらないのだ



ヒトは誰しも、

ココロの中に混沌とした
言葉じゃうまく表現できない
もやもやがある。

でもそれをなんとか
アウトプットしようとする。


そのカタチが小説だったり、
絵画だったり、歌だったり、、
ヒトによって様々な表現方法があるだろう。

ブログも然りと、さるきちは思う。

そして、さるきちのマンガも
きっとそうなのだ。


さるきちは、

そろり

と、さるきちのココロの奥に
降りていって、

もやもやを掬っては
カタチにしていく。

それが、

物語を作るということ。

生きるといること。


本書では他にも、
箱庭療法や源氏物語について
語られていたり、

カウンセラーとして
河合先生が気をつけているコト
などにも話が及んでいて、

ココロの病気のヒトを支える立場の
ヒトたちに読んでもらいたいなあ、と
さるきちは思いました。

傍らにいるコト、
黙っているコト、
通り道となるコト、etc...

なーんてね。


巻末には、
河合先生への穏やかな笑顔の
写真が掲載されています。

「次は『ブラフマンの埋葬』について
話しましょう」

そう言って別れたのが
最後となったそう。


“長すぎるあとがき”と称し、
小川氏が語るのは、

河合先生に対する敬慕の念と
2回目が実現できなかった無念の思い。

いわば追悼エッセイです。

お二人の穏やかな人柄が
うかがえる貴重な一冊。
河合隼雄と小川洋子の対談集。心にしみてくる、味わい深い二重奏の調べのような
 昨年7月19日に亡くなられた臨床心理学者でいいのかな? 河合隼雄(かわい はやお)と、作家・小川洋子の二回にわたる対談(『魂のあるところ』と題された2005年12月15日のものと、『生きるとは、自分の物語をつくること』と題された2006年6月15日のもの)と、小川洋子の『二人のルート 少し長すぎるあとがき』を収めた一冊。

 ふたつの対談のなかでは、河合先生のカウンセリングや「箱庭療法」を行なった際の忘れがたい出来事、日本が世界に誇る『源氏物語』のこと、欧米と日本の文化・宗教・人生観の違いなどについて、ざっくばらんに、でありながら、実に深いところまで掘り下げて語り合っている第二回目のものが印象的でしたね。ヴァイオリンとピアノの滋味豊かな、味わい深い二重奏に耳を傾けている、そんな心持ちになりました。

 <河合隼雄先生の追悼特集となってしまった二〇〇八年冬号の『考える人』が送られてきた時、私は思わず表紙に向かって、「先生」と声を掛けそうになりました。>の文章からはじまる、本単行本書き下ろしの小川洋子のあとがき。これがまた思いのこもったもので、何度か目頭が熱くなりました。

 本書のほか、『科学の扉をノックする』『世にも美しい数学入門』『小川洋子対話集』など、小川洋子のインタビュー・対談集は読みごたえがありますね。お互いの思いが共鳴し、深く和するみたいな、透明な青空に「カーン!」と冴えた音が響くみたいな、そんな対話の雰囲気が素敵です。

科学の扉をノックする 科学の扉をノックする
小川 洋子   集英社   集英社  
粘菌から宇宙まで。科学って、こんなにも深くて美しいんだな
 作家の小川洋子さんが、科学の研究者と会って、取材した話を収めた単行本。果知れぬ未知のものへの研究者の好奇心と作家の想像力が溶け合い、絶妙の匙加減でブレンドされているみたいな味わい。それぞれの科学のことは全くの素人だった私ですが、非常に興味深く読むことができました。
 小川さんが今回、その扉をノックした研究分野は、次の七つ。(研究テーマは、巻末の研究者プロフィールより)

◎宇宙を知ることは自分を知ること/渡部潤一(わたなべ じゅんいち) 特に彗星を中心に太陽系構造の進化を研究テーマとする
◎鉱物は大地の芸術家/堀 秀道(ほり ひでみち) 4種の新鉱物を発見した鉱物科学研究所所長
◎命の源サムシング・グレート=^村上和雄(むらかみ かずお) 高血圧の原因となる酵素「レニン」の遺伝子解読に成功
◎微小な世界を映し出す巨大な目/古宮 聰(こみや さとし) スプリングエイト(Spring-8)の放射光を使って、様々な物質の分析・研究・開発を行う
◎人間味あふれる愛すべき生物、粘菌(ねんきん)/竹内郁夫(たけうち いくお) 細胞性粘菌の生活サイクルの研究の基礎を確立
◎平等に生命をいとおしむ学問遺体科学=^遠藤秀紀(えんどう ひでき) 動物の遺体を文化の礎として保存する「遺体科学」を提唱する
◎肉体と感覚、この矛盾に挑む/続木敏之(つづき としゆき) プロ野球・阪神タイガースのトレーニングコーチ

 なかでも興味を引かれたのが、細胞性粘菌のユニークな行動。危機的状況に直面した細胞性粘菌がとる行動が、なんとも人間臭くて、健気なのですよ。思わず、ほろりとしちゃいました。
科学オンチにも優しい本
ボクのような科学オンチにも分かりやすいです。
小説家さんらしく、小説感覚で科学のはなしを読めます。
著者の小川さんが初歩的なことから専門家に話を伺い、その疑問が浮かぶ
過程やどのように理解したかを、きちんと書いているので、読み手の理解の
手助けになります。
科学は踏み込めば、どこまでも深い世界ですが、この本は、タイトルの通り
その世界の扉をノックする段階の本なのです。

科学の魅力を余すところ無く伝える
作家小川洋子が専門知識をもった科学者たちへ果敢にもインタビューを試みる!
・・・と書くと敷居が高く感じられるかもしれないが、
本書では様々な専門分野の科学者たちへのインタビュー内容と、
その科学技術を易しく解説している。

科学技術は確実に進歩をしているが、
世界にはまだまだ人類には計り知れない謎がたくさんある。
その不思議を知りたいと望む人々の姿。

自分の手で世界を創造する作家。
あるべき世界を知ろうとする科学者。

世界の不思議な魅力を余すところ無く伝える一冊だ。

作家が感じた科学者の姿
科学者6名と阪神タイガースのトレーニングコーチ1名に著者がほとんど前知識なく
職場を訪れ、あれこれとインタビューするという形式の7章から成ります。
これまでの著書などでも窺い知ることができますが、著者の科学に対する姿勢は
知識としての蓄積はないものの、興味を持ち続けてイメージを膨らませているであろうことは、
本書でも重要な場面で触れられており、科学者の学問領域に対しては予め仮説を
立てて対談に臨み、それを実際の対話の中で検証するといったスタイルによっても
発揮されています。
各章には対談している科学者の分野におけるハイライトの説明がカラー写真・図版で
1頁あり、これが前知識が無い読者の理解を助けるのに役立ちます。
公的機関において公金で研究を遂行するにあたり、時代の要請に反発しながらも
折り合いをつけて我が道を進む科学者の姿など、共感することも多かったです。
ただ、表題には科学とありますが、トレーニングコーチを除いては、ほとんどが
理学的な立場に属しており、そこに科学という大きな括りを持ってきてしまっている
ことにやや疑問を感じます。
しかしながら、内容としては、作家が自らの興味で科学者との対話をしていくという
新たな試みであり、工学的な話などへの今後続編などの展開もあると広がりも出てきて
興味深いと思いました。

薬指の標本 (新潮文庫) 薬指の標本 (新潮文庫)
小川 洋子   新潮社   新潮社  
劇薬注意!
小川さんの作品は博士の愛した数式しか読んだことがないので、てっきり温かみのあるストーリーを主に描く方かと思いきや…。いやはや、こんなサイコパス風味なモノも書ける方だとは。
情景を美しく描き出した文体に魅せられて読み進めていたら、何時の間にか「薬指の〜」の主人公のように日常から異世界へと切り離されていくような感覚に陥っている自分に気がついて、この方の持つ世界観にただ驚嘆するしかなかった。「六角形の〜」の方も、切ないストーリーの中に二度と覚めない夢の中に引きずりこむような怪しさを漂わせていてインパクト大。博士の愛した数式でファンになった方には、次にこの「劇薬本」を読むことはおススメしかねる。他作品で耐性を身に付けてからご賞味あれ。
さるきちが標本にするモノは・・・
青髭的ミステリアスな作品。


主人公の女性は、
標本製作の助手のバイトを始める。

その“標本の館”は

昆虫や花、葉といった代物を扱うのではない。


ある少女は、火事で家族を失い
焼け跡に生え残っていた3本のきのこを
標本にしたくてやってきた。

ある女性はピアノの音。

靴磨きの男は死んだ小鳥の骨。



標本にできないモノはない。


そして、

一度標本化されたモノは
再び手にとって懐かしんだりされることもない。


標本師の弟子丸氏は言う。


標本の意義とは、

封じ込めること

分離すること

完結させること


ヒトはその目的のために
標本の館を訪れるのだ。


日々の受付事務を独りで淡々とこなしながら
時折訪れる弟子丸氏との密会を
楽しみにする主人公。

ある時弟子丸氏から赤い靴を
プレゼントされ、

どんな時も必ず身につけているように

命じられる。

まるで脚の一部のように
ぴったりとした靴。


靴磨きの男はそんな彼女に忠告する。


靴が脚を侵し始めている


靴を脱ぐように勧める男に対し
主人公は言う。


「根本的で、徹底的な意味において
彼に絡め取られているんです」



そしてそんな彼女の状況は

顔に火傷を負った少女が
“火傷”を標本にしてほしい、と
願いやってきたコトで変わってゆく。


弟子丸氏とともに、
標本室に消えていった少女。

彼女はどこにいったのか。

そして、

それを目撃した
主人公は何を決断するのか・・・


趣ある外観、内装で、
優しい光の差す館の描写に対し、

弟子丸氏とのやりとりや
密会の場、セックスの情景は
ひやり、としていて
さるきち身をこわばらせる。

ちなみに、この作品
映画化されているらしい。

さるきちはコワくて独りじゃ観れなそう。


もしも、

もしも、この標本の館が実在していたら、

さるきちは過去の“事件”の記憶を

標本しに訪れていたのだろうか。


そうしたら
摂食障害を発病することはなかったのだろうか。


そんなことを考えた。
作者の感性が光る、独特の作品。
事故で薬指が欠けてしまったことが原因で職場を辞めた「わたし」が
次に見つけた働き先は、標本作りをするところだった。ここを訪れる
さまざまな人たちは皆、思い出の品々を持ち込んでくるのだが・・・。
表題作を含む2編を収録。

どんなものでも標本にしてしまう弟子丸氏。そこで働く「わたし」は、
いつの間にか弟子丸氏に愛情を感じてしまう。だが、彼の心が分からない。
自分を見てほしい。振り向かせたい。その思いが「標本」と結びついていく・・・。
その過程は、読んでいてぞくぞくする。表題作「薬指の標本」は、不思議な
世界をのぞいているような作品だった。もうひとつの「六角形の小部屋」も
独特の雰囲気だった。懺悔室のようだが、そこは単なる「語り部屋」なのだ。
だが、そのひと言では片付けられないものがその部屋にはある。狭い部屋の
中には別の世界が際限なく広がっているようだ。ラストに感じる喪失感が
心に残る。どちらも作者の感性が光る作品だった。
静謐なエロティシズム
評判とおり透明で静謐な作品。どこかを突付くと、そこからこなごなに壊れてしまいそうなくらいに繊細で、微妙なバランスで保たれた世界。ディテールはリアルでありながら全く現実離れした世界。

「標本」という、いわば時間を閉じ込めた小空間。その中で、そこに収められたモノは永遠に残ったとしても、それを包括していた全体としての存在は消えているということ。存在の消失と永続性、モノに対するフェティシズムとエロティシズム。非常に雰囲気と香りを伴った、確かにフランス人好みの作品かもしれません。

身体の喪失感
ここのところ小川洋子さんにどっぷりはまっている。解剖学者養老猛司の愛弟子である布施英利も巻末に書いているように身体の消失感がこの本のメインテーマ。他者への依存から生まれる自己消失感。この「感じ」を、本来の精神的なものとしてではなく物理的、身体的なものに少しずつシフトさせながら描く。病は気から、ではないが精神的なものはいずれ身体へとおりてくる。ボディビルという身体への変質的こだわりから最終的に生首に至った三島由紀夫のように。静かに淡々と進むストーリながら読み終わってみると肉体的にどっと疲れている。これも身体へ強いのこだわりを描いた故なんだろうか。


物語の役割 (ちくまプリマー新書) 物語の役割 (ちくまプリマー新書)
小川 洋子   筑摩書房   筑摩書房  
小川洋子さんの考え方が凝縮されています
私たちは物語を作りながら生きている、物語により救われたり、生きる力をもらったりしているんだなあ、と改めて教えてくれます。 
それから、小説家というのは、物語を「発明」するのではなく、「発見」するのだということもわかります。
小さい本ですが、いろんなことを教えてくれます。
自分の物語の役割
本書は3つの公演で物語について語ったことを書籍にまとめたものである。本書は125ページほどですが、自分の物語の役割について考えさせられる点がありました。

物語は妄想や空想の中から出てくるのではなく、日常の中から出てくるものだろう。その日常を言葉にしたときにはじめて物語になるということだ。物語になる現実がまず先にあって、言葉があるという感じだ。テーマ(主題)ありきでは面白い小説がかけないのではと思う。それは、言葉が先ではないからなんだろう。心にある情景を引っ張り出して言葉にすることが小説家の役目なんだから。

人それぞれに物語があるという。日々の生活の中に物語が潜んでいる。ただ気づいていないだけかもしれない。嘘をついてごまかすことも、こういう物語を作ったうえでこのケースは嘘をついたほうがいいと思って嘘をつくのであろう。無意識のうちに面白い物語が潜んでいるのかもしれない。

本を読んで物語に触れるというのは、他人の物語に触れるということなのだろう。そこで、他人の生き方にふれるということになるから、もっと自分の心が豊かになっていくことだろう。私は、本(特に小説)を読んで、もっと心の奥行きを広げたいと思っている。自分の生き方について自問自答できるし、他人の行き方について考えることができるからである。

何度も繰り返し読んでいます
 小説を書くためのハウツウ本を何冊か読みましたが、その最初の所、物語については語られていなかったことが、ここには書かれていて、「人間は、なぜ物語を必要とするのか?」が、やさしく語られています。
 人が生きていくために物語を必要とし、必要な物語を自分で紡いでいるということが、ほんとうに心にすとんと落ちてきました。
 そして、作者の中で物語がどのように作られていくのかが語られていて、小説を書こうとしている人には、是非、読んで見るべき本だと思います。
 ページ数も字も読みやすいですが、内容は深いです。
 何度も繰り返し読んで、それでいて読み返すごとにまた頷いてしまいます。
 
「現実」を受け入れるために。それが「物語」。
年をとるにつれ、いつのまにか、物語や小説を読む割合が減ってしまいました。
つい、分かりやすい社会事情の解説書や、ビジネス書、生活雑誌、実用書にばかり手が伸びて…。
でも、一方で、大人になっても物語を愛する人がたくさんいる人がいて、
なぜ、自分は物語から遠ざかってしまったのか、考えていました。

小川さんの作品は、『博士の愛した数式』しか読んだことがありませんでしたが、
瞬時に映像が明確に伝わり、やさしさ、ぬくもりのを感じさせる文章が、とても魅力的でした。
本書は、べつべつの3つの講演を元に編まれたものですが、
その小川さんが何を意図して物語を書こうとしておられるのか、芯にある姿勢をうかがい知ることができます。
また、幼ない頃、どのような本と出会い、作家へと至ったかも綴られています。

さらっと映画を見るぐらいの時間で読めるプリマー新書ですが、奥深く考えさせることの多いシリーズ。
本書も随所に、ぐっと引きつけられる言葉がちりばめられていて、作家の底力を見せつけられたりも。
「たとえば、非常に受け入れがたい困難な現実にぶつかったとき、
人間はほとんど無意識のうちに自分の心の形に合うようにその現実をいろいろ変形させ、
どうにかして現実を受け入れようとする。もうそこでひとつの物語を作っているわけです。
(中略)そういう意味でいえば、誰でも生きている限りは物語を必要としており、
物語に助けられながら、どうにか現実との折り合いをつけているのです」(p23)
これは、ほんの一部。
あとは、ぜひ、ご自分で探してみてください。
より一層興味がわいてくる
小説家が物語りについて語る。

作家自身の物語の体験記。
作家が物語を生み出す瞬間を丁寧に紹介している。

作品を読んだ後でも、これから読むとしても、
物語に興味がわいてくる一冊だ。

夜明けの縁をさ迷う人々 夜明けの縁をさ迷う人々
小川 洋子   角川書店   角川書店  
最後の話を是非読んで
他の話についてはいろいろ書いて下さっている通り。
今まで彼女の作品を読んだことがある方なら、予想できる内容だと思う。
現実的な始まりから、思わぬ仮想世界に放り込まれるような展開。
分かっていたはず。
分かっていたはずなのに、一番最後の話に、私はすっかり翻弄されてしまった。

私は彼女の出身県の隣県に住んでいる。
高校在学中に、野球部が甲子園に行くことになった。
…「へえ、確かA高校出身よね?甲子園行ってるの?すごいじゃん。」
一人抜け出し、単独行動で応援し始める。
…「へえ。小川さんって絶対まじめそうなのに意外〜!」

試合の結果は…読んでのお楽しみ。
読み終わって、事実を確かめたくてウィキペディアで調べちゃったよ…。
小川さんとしたら、「してやったり!」でしょうね。
もう、これだけは本当の話なんかと思ったやん(笑)!
途中で「何かおかしい」とは思ったんだけど(笑)。
落下と着地
冷たい平均台の上をソロリソロリと静かに歩いている感覚。
右にも左にもどちらにも落下する可能性を秘めている。着地点によって大きく変容していく主人公達。
そんな彼らに作者の視点は静かであたたかい。
各章に添えられたイラストも秀逸で作品に奥行きを与えている。
グロテスクかリリカルか想像力と感性ですね。
小川洋子さんの静謐で独特の世界観に虜になってしまった私は幾つかの作品や対談集を読ませて貰いました。

肉体の一部が欠けてしまったりエロティックな表現は、人によって好き嫌いがあるかもしれません。私も小川さんの文章が好きな一人ですが全てが好きなわけではないです。

たとえばこの作品の中で教授と不倫している愛人が出てくる作品はなんか本能的に嫌なんです。中年の女性が男性を独占したい欲望に駆られる話など、ゾッとしてしまう(その意味では上手だと思うのですが・・・何も爽快さだけが文学だはないので)。でもE.Bの出てくる作品は好きです。子供のようなエレベータボーイとそこに勤めるウェイトレスの女の子の交流はイノセンスでプラトニックな雰囲気の恋愛を思わせる。

グロテスクと感じるかリリカルと感じるかは人によるけど、とにかく感性をや想像力をフル回転させてくれる数少ない作家さんだと思う。個人的な意見になってしまうが、本当の本好きが行き着くのはやはり小説だと思う。雑誌でフィクションが好きだと書いていた若いモデルの子を見たが、読書の最初の取っ掛かりとしてはいいけど、いつか本物の小説も読んでほしいと思う。

喪失感
小川洋子さんの小説は、常に喪失感があります。今、ここにある肉体さえも、実存するのかしないのか、
あやふやな気がする。私はそこに恐怖を感じ、同じように真理を見た気になるのです。
目に見えているものは、ほんとうにあるのか。私の肉体はそんなに儚いものなのか。
でもだからこそ人間は一瞬の美しさを放てるのかもしれません。
とても好きな短編集ですが、自己模倣といっては言い過ぎですけど、
いつもの静かになにかが進行していく世界観が、少し予定調和に描かれているような気がしたので、
星はひとつ欠けました。
けれど、すばらしい小説であることには代わりはないです。
夢の中のお話
 作者が見た夢を集めた短編集のようで、それなりに楽しめる本ではあると思います。
 味わいのある磯良一氏のイラストが洒落ていて秀逸です。
 前半のリアリティーが、後半、加速度的に壊れていくシュールな展開は好き嫌いが分かれそう。非日常的なイメージを楽しみたい方にお勧めします。

寡黙な死骸 みだらな弔い (中公文庫) 寡黙な死骸 みだらな弔い (中公文庫)
小川 洋子   中央公論新社   中央公論新社  
飲まれます!!
この作品付近の作風が一番好きです。彼女の独特な文章構成、言葉の選び方。繊細ながら生々しい表現の数々。この世界観を文章にして形にできるのは小川洋子、彼女しかいないと思います。彼女の作品の中で通して出てくるトラウマ的な設定、構成を楽しみながらこの世界に飲まれてください。言葉の美しさ、残酷さを表現できる作家さんとして尊敬しています。
秀逸なタイトルと奇妙に繋がる短編たち
秀逸なタイトルに惹かれ購入。内容もタイトルに負けない濃厚さ。一つ一つの短編が絡まりあって不思議な世界観をつくりだしている。その世界はドロドロとした粘液により繋がっているように思える。人間の思い、過去の思い、そしてどの短編にも「死」が濃厚に匂ってくる。しかし、その「死」の匂いに惹かれてしまう自分がいる。
本作はホラーや恐怖小説ではない。しかし、読者の心に確実に「恐怖」の足跡が残る。
この「恐怖」が一番ヤバイんですね。確かなことは、怖くて面白い、傑作小説集ということです。
静かな弔いの短編集
非常に静謐な文章で、たくさんの弔いが時計塔のある街を中心に綴られ、しかも全ての作品がリンクしている。小川洋子独自の文章。そして、実に緻密に、計算されて、あるいはいかにも偶然のように語られていく様々な人間模様。不条理でいて今の現実社会においてのある意味現実味を帯びた作品群は、非常に魅惑的で、それでいて恐れるべきものであるかもしれない。
幻惑の輪の中に・・・
死と弔いに関する11の物語。

各作品が場所やモノでつながる連作のようなそうでないような短編集。著者の他の短編集にも見られるが、作品の配置が時系列でなく、ある作品に前の作品が「小説内小説」として登場したりといった込み入った構造が歪みをつくり出し、幻惑される気分になる。そして最後の作品が最初の作品に連なり、幻惑の輪の中に読者は閉じ込められる・・・

一篇一篇に関して言えば、連作的なつながりとは裏腹に、バラエティに富んだ内容で、さまざまなイメージの世界が展開される。現実的な筆づかいで幻想的なイメージを立ち上げるのは著者ならでは。

ところでタイトルの一部、「みだらな弔い」というのはどうだろう。「みだら」というよりむしろ、各々の死に対して、必ずしも性的とは限らない、ふさわしい弔いが行われている気がする(もちろん倫理的な意味ではなく)。これもまた、著者による逆説的な表現なのだろうか。

文体
 小川洋子の本には安心できる。外れがない、どれも高いレベルで安定した物語になっている。
 全てに共通しているのは、とても冷ややかな世界を作り出す冷たい文体と大掛かりな事件には頼らない作品構成だ。
 惜しむらくは彼女の作品には長編が少ない点だ。文学史に残るような長編作品を書いてくれることを切望している。

沈黙博物館 (ちくま文庫) 沈黙博物館 (ちくま文庫)
小川 洋子   筑摩書房   筑摩書房  
幽霊のような僕がいる
 物語の舞台は非現実的な仮想空間である。町には人が住んでいるリアリティがない。多くの人が生活しているがその人たちにリアリティがない。主人公と主人公を取り巻く人たちだけが生き生きと活動している。リアリティがあるのだ。主人公が成し遂げるように命ぜられていることは、あまりにも馬鹿げていてありえないことなのに。その主人公の行動をすぐそばで眺めている僕がいる。まるで幽霊のように。彼らはすぐそこにいるのに話しかけることも、触れることもできない。映像でたとえるなら、背景である町全体はモノクロームだが、主人公たちだけが総天然色なのだ。何故こんな印象を持つのか。なぜ彼らを通して自分自身を見つめてしまうのか。ちょっと不思議な作品でした。
唯一無二の博物館をめぐって
村人たちの形見を保管・展示する博物館作りのために雇われた技師の「僕」。その名は「沈黙博物館」。依頼主は偏屈な100歳近い老婆だった。

収蔵庫には彼女が11歳の時から盗み集めてきた多数の品々があった。一般的な意味での形見ではない。肉体が存在した証拠を「最も生々しく、最も忠実に記憶する品」。ある死者にとっては糸巻き車、または金歯、手袋、避妊リング、犬のミイラ、臍の垢の塊・・・ 展示に先駆け、それら膨大な量の形見を整理・記録する作業が行われた。老婆は驚くべき記憶力で「文脈の乱れも、矛盾も言い間違いもな」く、形見の背景を物語っていく。沈黙の対極にあるような饒舌さ。老婆に完璧に語り尽くされることによって、形見は真の沈黙を獲得し、博物館に収まることを許されるかのようだ。
一方この村には、「沈黙の伝道師」という人たちがいる。完全なる沈黙の中で死ぬことを理想とし、村人に敬われる存在。形見に沈黙を与える老婆の饒舌は、伝道師の行う「沈黙の業」の代替行為にも思われてくる。
沈黙に敬意が払われる村・・・。沈黙博物館は死者が出る限り拡大する。別に言えば村人(形見)は沈黙博物館の展示品の予備軍であり、さらには博物館のために村人が存在するような奇妙な混乱さえ覚える。

技師は一度逃亡を試みるが失敗し、結局は村に留まり老婆の後を継ぐ。この閉じられた世界。饒舌と沈黙、至極現実的な博物館作りの工程と展示物の特異さ、冷ややかさと牧歌的な面をあわせもつ村、様々なものがないまぜになった世界をぜひ覗いていただきたい。読み終えたとき、何が残るだろう。わたしは難物の老婆が愛しくてたまらなくなっていた。

博物館は縮小なき拡大、増殖し続ける永遠を義務づけられた、気の毒な存在
舞台は、主人公が博物館技師として面接に訪れた長閑な村。
そこで館長たる老婆の面接を受け、無事技師としての任を命じられる。
しかし、そこに収蔵され展示を待つ物は、
持ち主の存在を最も生々しく、最も忠実に記憶するような品。
つまり、他の博物館のそれとは存在の理由が大きく異なっていた。

過去、村で起きた殺人事件は一つだけ。そんな村である日一人の死者が出た。
技師に老婆からの命令が下される。死者、外科医の遺品としてメスを取ってくるようにと。
こうして沈黙の収集、蓄積が始まりを告げる。



主人公が降り立った無人駅。秋の終わりを悲しみ、穏やかな春の訪れを願う泣き祭り。
大事な秘密を語ると絶対にばれないと言われる、自身は黙して語らない沈黙の伝道師。
それらの存在が浮かび上がらせる村の静かな佇まいは、「密やかな結晶」に近いものがあります。
物語は「沈黙博物館」というタイトルが表すように、静に、
そして展示品を扱うように酷く丁寧に紡がれて行きます。

作中にこんな一節があります。
「博物館は増殖し続ける。拡大する事はあっても、縮小する事はありえない。
まあ、永遠を義務づけられた、気の毒な存在とも言えよう」
老婆が語る博物館論なのですが、言われてみればもっとも。
それまで考えた事も無かった博物館のあり様について
意識させられる、興味深い捉え方だと思います。
主人公が男性
 小川洋子の作品で,主人公が男性のものは珍しい.彼女の小説は主人公が女性であるがゆえに,物語を包み込んでいる冷たい空気が独特のものであった.本作にはそれがないが,その分,他の作品よりも物語が凝っている.仮想と現実.一体真実は何処にあるのだろうか?
かげろうのような作品
現実なのか夢なのかわからない、幻想的な雰囲気でした。死の世界の話かもしれないし、亡くなった人に対して敬意を表して博物館を作ったという話かもしれない。物に対するしっかりとした感触と現実離れした展開で、すっかり私は混乱してしまったが、読後感はそれほど悪くない不思議な作品でした。

海
小川 洋子   新潮社   新潮社  
凝縮されたエッセンス
「博士〜」「ミーナ〜」の次に最近、読みました。
この短編集には小川さんの個性が、ぎゅっと濃縮されていますね!
短編集っていうと、長編よりは手にとりやすく、気軽に読めるものって思う方が多いと思いますが、この本に関しては、大衆的な順に「博士〜」、「ミーナ〜」、「海」だと思いました。
決してこの本が読みにくいという意味ではありません。
山あり谷ありのストーリーの中で描くものよりも、限られた枚数の中で感覚的なものに訴える切り口のものの方が、より小川さんにしか書けない何かが凝縮されていると思いました。
「バタフライ和文タイプ事務所」、これこそ小川さんにしか表現できない世界。なるほど純文学の人だ、と思いました。素晴らしいです!
「ミーナ〜」のようなメルヘンチックな甘さがありますが、最後の「ガイド」。
これを最後に持ってきたことで、本当に温かい気持で心を充たしてもらえました。
私はこの二作品が特に気に入りました。
「読書の秋」におすすめしたい一冊です。
水平線のようなピンとした力強さを感じました
初めて小川洋子さんの文章を読みました。
どれもが、文章の短さに比べ強い印象があり、とても読みやすい短編集でした。
涼しい海からの音が聞こえてきそうな「鳴鱗琴」。
たった23行しかないのに、一冊の小説を読んだ気分になってしまった「缶入りドロップ」。
自然とたっぷり触れ合う、子供の頃の経験がないと書けないだろうと思われる「ひよこトラック」。
暖かい気持ちになれる「ガイド」。
様々な「色」を見せてもらったので、次にどの長編を選ぶか迷ってしまいます。
静かで漂うような世界
7つのうち、「銀色のかぎ針」と「缶入りドロップ」は
それぞれ3〜4ページ程度の短いお話です。

すべての話に共通するのは、
主人公が昨日までは知らなかった誰かと出会い、
その人の触れ合うことによって、
大切な思い出であったり、時間であったりを共有すること。

小川洋子さん独特のつかみどころのない、
浮遊するような不思議なお話ばかり。
描写も美しく、じっくりどっぷり小川ワールドに浸れます。

いちばん素敵だったのは「バタフライ和文タイプ事務所」。
硬質に、間接的に、性を描いた作品。
ただタイプを打つ音だけが鳴り響く静けさと、タイプを打つ指先のかろやかな動き。
これは大人じゃないとわからないいやらしさがあるっ!
でも、それが下品じゃなくすごく上品で、
むしろ、とっても美しい。

現実ではないどこかへ・・・
しばし夢心地に浸れるような味わい深い作品でした。
人と人とのつながり
 表題作の『海』が素敵です。恋人の実家を訪れる“僕”と、彼女の弟とのぎこちない夜。弟は“鳴鱗琴”という楽器を演奏できるといいます。
 『風薫るウィーンの旅六日間』では、たまたま同室になった女性に付き合って、昔の恋人のいる病院を訪ねることになる“私”。
 『バタフライ和文タイプ事務所』は、和文タイピストと会話のみのつながりしかない活字管理人が登場します。言葉と漢字によるエロチックさが際立ちます。ひとつひとつの短い台詞にエロチシズムを感じさせる計算された作品だと思います。大人の女性ならではの短編なのではないでしょうか。
 『銀色のかぎ針』と『缶入りドロップ』はわずか数ページの小編。
 ホテルのドアマンとして働く男と、下宿先の口をきかない幼い少女の物語『ひよこトラック』。
 最後の『ガイド』は、観光ガイドの母親のツアーに潜り込んでいるしっかり者の“僕”と不思議な老人の話。
 いずれも、少し変わってはいるものの、ごく普通の人と人とのつながりを、美しい言葉で描いています。ちょっとしたことが、ある時、人と人とを強く惹き合せることがある、そう感じさせる7編です。私は、表題作と『バタフライ和文タイプ事務所』がおもしろいと思います。

深みがあり、惹きつけられる作品♪
結婚のあいさつに行った泉さんの実家には、両親と90歳の祖母と10歳下の小さな(?)
弟が住んでいた。夜弟の部屋で、僕と弟が語ったことは?表題作を含む7編を収録。

表題作の「海」はとても不思議な話だった。ざらざらした手で心を逆なでされるような
ざわざわした感触を味わった。僕が泉さんの実家で体験したことや、僕と弟の会話。
何気ないといえば何気ないことなのだろうが、読んでいて引き込まれていった。鳴鱗琴の
音色はどんな音色なのか?
また、特に印象に残ったのは「ひよこトラック」だった。言葉を介さない男と少女の触れ
合いが細やかに描かれている。「命」に対する作者の思いも垣間見えるし、ラストのまとめ
方もとてもよかった。
どの話にも深みがあり、行間にさまざまなことが隠されているようで面白かった。


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