現代語訳 好色五人女 (河出文庫)
井原 西鶴 河出書房新社 河出書房新社 吉行 淳之介
志賀直哉までも
志賀直哉の「暗夜行路」に書かれ、志賀自身感服する程の、情景描写、人間心理の洞察が鋭く徹底しているのです。それだけに読み進めることが骨折り。しかし、損はしないでしょう。ところで、私は読んだことがございません。
西鶴という鬼才―新書で入門 (新潮新書)
浅沼 璞 新潮社 新潮社
西鶴という人
西鶴の生涯そのものについては、さほど詳しくは書かれていない(資料が殆ど無いため)のであるが、西鶴という人物を身近に感じさせてくれる本。
西鶴は、大阪というダイナミックな経済都市の市井にあって、自分も経済的な苦労をつぶさに舐めながらも、ユーモアを持ち続けた。文学の才能で、華やかな「悪所(=遊郭・歌舞伎界)」にも出入りしながらも、決して呑まれる事がなく、どこか醒めた眼で大量の作品を描き続けた。自分の死に臨んでも、潔い辞世の句を残した。格好の良い人生の人だと思う。
西鶴という人物の生涯を知る他には、第一章の「金銭を知る」が、現代にも通じる話が多くて、面白かった。
それに、元禄期の経済を市井から眺めた話として参考になった。同時期の経済を行政から書かれた本としては、他に「勘定奉行 荻原重秀の生涯」集英社新書も、良かったです。
日本永代蔵 (岩波文庫 黄 204-5)
井原 西鶴 岩波書店 岩波書店
本書は原文のままで、現代語訳では書かれていません
本書は西鶴が書いた原文に東明雅氏が「校訂」を加えた書物であって「現代語」に訳されているわけではないので注意が必要です。
実は私は買ってからそれに気付き、結局、挫折して読破できませんでした。具体的にどういう文章で書かれているのか、下に抜き出した文章を書きます。
天道言ずして、國土に恵みふかし。人は実あって、僞りおほし。其心は本虚にして、物に應じて跡なし。(一巻の最初の一行)
四百四病は、世に名醫ありて、驗氣をえたる事、かならずなり。(三巻の最初の一行)
こういう文体です。もちろん、ふり仮名は振ってありますが、難しい単語なども散見されます。上の様な文章を苦も無く読め、意味も間違わず
取れるなら何の問題も無いと思います。
解説は現代文で書かれています。あと豊富な挿絵が入っていて、なかなか味わいがあって、見入ってしまいます。
古典読解能力が充分なら安価で何の問題も無く楽しめると思います。
江戸時代に学べ
町人文化が花開いた江戸時代。もしかすると日本史上で最も文化水準が高かった時代かもしれない。我々はあの時代の人々の生活から学ぶベキことがあまりに多い。江戸時代の庶民の生活の知恵を描いた本書は現代人必読の書といえよう。
好色一代男 (中公文庫)
中央公論新社 中央公論新社 吉行 淳之介
大人の遊びを垣間見る、主人公の成長譚
他の西鶴作品は研究者が訳したものを読んだのだが、この作品だけはこの訳者で読むべきだろうと思った。訳文はこなれていて、注釈も少なく読みやすい。さらに本文と同じぐらいの訳者覚書の長さも気に入った。
タイトルから、もっと艶っぽいシーンが多い内容かと思っていたのだが、そうではなかった。早熟な主人公世之介の成長の物語であった。
印象的なのは女の心根の色々あることと、その矜持だ。はしたなく意地汚く金に執着する女郎があると思えば、一流の太夫や普通の女性でありながら凛とした姿もあって世之介ならずともハッとしてしまう。
お大尽の頃の遊びで、太鼓持ちを集めて郭に上がり、二階の窓から謎かけよろしく駄洒落の振りになる品物を差し出すと、周りの郭の窓からそれを受けて品物や動作が次々と繰り出され、あたりの店の女や客が表に出てそれを眺めてやんやの喝采を送るシーンがあった。粋な旦那と太鼓持ちによる教養とウイットの応酬は大人の遊び、お金を消費するだけではなく智恵を消費する遊びという感じだ。
自由奔放な現代訳
「俳文」と称されるくらい恣意的に読める独特の文体の「一代男」。それゆえ、読みさすさを取った吉行訳は通説に反した独自の解釈を試みたところが多々ある。訳者は沢山そのあたりのコメントを残しているが、これが実に直感的かつ適当な解釈を語ることも少なくない。そのあたりの適当さが気になる人、キチっとお勉強として読みたい人は岩波版を読むのが良いだろう。(ただ、女ばかりの島を探して船を漕ぎ出す有名なラスト・シーンを、自殺・死出の旅と読み替えた発想はそれなりの説得力もあって面白いと思う。)
内容的には当時世界的に見ても艶熟していた遊郭文化の粋と放蕩が描かれており、あっさり生まれた子供を捨てたり、身請けした太夫の自殺なんかも描かれるなど、それなりに残酷なエピソードも含まれる。が、この艶本は本来「読み飛ばす」性格のものなので、余り細部に目くじらを立ててはいけないだろう。(前後の筋書が矛盾してるところとかも結構ある。)
太夫の心遣いの細やかさを褒めた後、必ずあっちの方も素晴らしいことを書き足すところとか、カネを使い果たして諸国流浪の身になり、インチキ神職や旅の坊主、魚売りになっても遊びへの執念を忘れない主人公の姿など、馬鹿馬鹿しくて今でも十分に笑える。昔も今も下ネタは大衆の心を掴むんですなあ。
世間胸算用―現代語訳・西鶴 (小学館ライブラリー)
井原 西鶴 小学館 小学館
智恵の絞り合いは落語の世界
大晦日のツケの取り立てと、新年の準備をするための物入りで取り立てから逃げ回る町人たちの姿が面白い。どちらも知恵を絞って応酬する辺りは、まさに落語の世界である。
各家庭の事情を書き連ねるなかに、金銭をめぐる当時の考え方がかいま見えるのも面白い。しかしそれが現代に通じる拝金主義に落ち着いてしまうのは作者共々残念なところ。
嫁入りさせたい娘の容貌を言いつくろったり、女性の容姿が色街の流行を取り入れている割には所作や気配りには色街の心遣いが欠けることを指摘したりと、女性には結構厳しい内容もある。しかしそれも「寝床で味噌、塩のことを言い出す」ことにうんざりする、という所までくると、逆に女性の普遍性に大笑いである。さすが江戸・大坂・京都の版元から同時発売だったというベストセラーだけあって、面白いこと請け合いだ。
解説では本作品のように無名性の集団を描くことがプロレタリア文学につながる、という指摘があった。本書の内容とは次元の異なる議論に思えたが、意外に興味深く読めた。忘れずに目を通して欲しい。
江戸初期の庶民経済を面白く語った逸品
この本は17世紀末に出た西鶴最後の本です。
当時は庶民から大名までほとんどの商品を掛けで買い、その支払いは大晦日。
大晦日には「掛け取り」とよばれる集金人が各家に押しかけ、支払う側はあれこれと理由をつけたり雲がくれしたりを、おもしろおかしく書いてあります。
当時の貨幣は純度の高い「金貨や銀貨」が主流であったようです。
何両、何貫、匁等いろいろな量り方、組あわせ方、数え方があったようで、商品や商いの規模でその辺のやりとりに一定の法則があることがわかります。
これは一見かなり煩雑なやり方であり、当時の人の知能の高さが判ります。
また、両替屋(今の銀行に近い)に一定の銀を置いておくと「小切手」が振り出せて、みんなが「残高」以上の小切手を発行しあって何がなんだかわからない内に年も暮れる。というくだりには笑いました。
日本永代蔵―現代語訳・西鶴 (小学館ライブラリー)
井原 西鶴 小学館 小学館
「金が金を儲ける」時代
世の中に貨幣経済が行き渡り、「金が金を儲ける」という時代へと移り変わりはじめた元禄時代の人間模様を描いた傑作。読みやすい現代訳で、訳注や解説も丁寧に作られている。
商人の極意書として読み継がれたに違いない
経済の説話集である。どの時代であっても、抜け目なく商機をつかむものがいると思えば、奢りから転落する反面教師の事例もあって、現代に通じる面白さだ。この時代に社会の安定と拡大によって、需要と供給、相場取引、物流ルートの開拓など、経済活動がすでに全国的なシステムとして発展を遂げていたことが分かる。最終的には大資本の「銀(かね)が銀(かね)を生む」構図に行き着いてしまうのだが、今で言うベンチャーマインドを醸成し商売の基本を心得るには当時も今も好適な書物であったと感じられる。
関東の大店の商人は苦労を知らない長男に店を継がせるので商売の勢いを失うが、関西の商人は奉公人の中で一番出来が良い人間を娘の婿に取るという。そういう積み重ねられた経験に加え、本書のようなテキストがあれば店は安泰というものだ。商家の家訓代わりの読み物として重宝されてきたのではないかと思う。
指南書・極意書では「風姿花伝」「五輪書」「葉隠」などの古典がたくさんあるが、これらは芸能に携わるものの心得や武士の生き方を著すものであって、町人の生き様を記したものではない。士農工商という序列でありながら実際は隠然と権力を握るようになる商人のしたたかさ、生命力が本書には息づいている。松下幸之助「商売心得帖」などの「心得帖」シリーズの源流とでも言えるのではないだろうか。
新編日本古典文学全集 (66) 井原西鶴集 (1)
井原 西鶴 小学館 小学館 暉峻 康隆
好色一代女 (岩波文庫)
井原 西鶴 岩波書店 岩波書店
現代語訳がないなんて。
暉峻 康隆氏の「西鶴」(この本は現代語訳のみ)のシリーズをおもしろく読んだので、シリーズ外の本にも興味をもって、この本を入手した。
しかし。現代語訳なし。びっくり。
巻末の解説も旧かな遣いで、解説を読むにも身構えねばならない始末。
現代語訳の西鶴を読み次いだおかげか、原文のまま読んでもなんとなくわかるが、たぶん一番面白いところは抜け落ちてしまうと思う。
当時の風俗独特の言葉とか、西鶴っぽい言い回しとか、隠喩とか。
次には現代語訳がついていることを確認して、購入します。
愚痴を言わせていただくと。
原文しか掲載しないなら、著者名を「井原西鶴」にしておいてほしかった。
それなら誤解して購入することはなかったのに。
好色一代男―現代語訳・西鶴 (小学館ライブラリー)
井原 西鶴 小学館 小学館
玄人さんの風俗にうっとり。
幼時から色恋沙汰に生涯をささげた世之介が、日本中の女郎を漁り尽す話。
世之介のやらかすあれこれはくだらなくもたわいないことばかりですが、世之介の相手をする名妓達の気立て、衣装、風俗の描写は素晴らしい。
西鶴を通して和服について知りたいなら、「好色五代女」よりも「好色一代男」がお勧めです。
いま江戸っぽい和服の着方の表すのに「粋」という言葉が良く使われますが、「粋」という言葉で目指していたものが「売れっ子女郎の風俗」であることがわかります。
着物は裾回しに凝るのが粋、暦の中の特別の日にしか着られない着物や帯を持つのが粋、羽織は裏に凝るのが粋、などと言いますが、これらは置屋が女郎を通してお客からお金を搾り取るのに作ったルールなのですね。
和服自体が「特別」になった今、「女郎さんみたいな着方」をしないためには、女郎さんの着方を知る必要がありますね。例えば帯の結び方、髪の結い方、色名にも、女郎の名前のついたものがあります。これらを避けるも取り入れるも好みの問題ですが、知らずに身に付けることは避けたいと思いました。
さて、本題に戻って。
各話に挿絵がついていますが、登場人物の描き分けが全くできてなく、世之介は毎回撫子模様の着物を着ている、というルールを知っていないと、どれが誰やらわかりません。文章では華麗に書きたてられる最上位の女郎・太夫の道中ぶりなども、いずこも同じ。
西鶴のすぐ後の時代に流行した訳者の首絵などの色刷り絵、あれはひょっとして人の顔を描き分けた最初の和画なのかもしれません。
西鶴が語る江戸のラブストーリー―恋愛奇談集
ぺりかん社 ぺりかん社 西鶴研究会
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