ボローニャ紀行
井上 ひさし 文藝春秋 文藝春秋
考えさせられました
イタリアのボローニャを舞台にした小さなエッセイ集です。今の日本という国や社会に対するアンチテーゼとして読ませてもらいました。考えさせられることが多かったです。漫画家の楳図かずお氏の家は、ボローニャでは絶対に建てられなかったでしょうね。小さなことを一つ。ヴェスヴィオス山の噴火は紀元前79年ではなく、紀元79年のことだったと思いますが。
個人と国家のあり方を考える最適な一冊
洗礼名を授かった神父との縁にはじまり、書物を通じてボローニャを学ぶことウン十年という著者のひたむきともいえる憧憬の念がいきいきと綴られた一冊。
豊かな学識と辛辣な批判精神をユーモアというオブラートに包み、読む者を飽きさせないところはさすが。
行政改革、地方分権、中小企業再生、教育、介護等々をものの見事に解決してきたかに見える「ボローニャ式」の本質とは何なのか、深く考えさせられた。
演劇に力を入れていることに象徴されるように、ボローニャという土地では「唯一性」「一回性」が尊重されているのだと感じた。作った人の顔の見えない「大量生産・大量消費」ではなく、手作業や職人技や地産地消といった、互いに顔の見える共同体によって育まれてきた「守りたい物」が、この街には息づいているようなのだ。
教育も娯楽も、グルメも、おしゃれも、終末期ケアも、工業機械すらも、「わたしがあなたのために」できることをするのである。共通の試験で偏差値を割り出す教育も、ミリオンセラーの流行歌も、チンするだけの中食も、一億総茶髪現象も、介護保険による規制も、ここにはないように書かれている。
実際にどうかはわからないが、ある1つのヒントがここにはある。
たぶん、これをお手本にして「ボローニャ方式マニュアル」に則って改革をしようとすれば、「ボローニャ精神」は死んでしまう。
民主主義とは、たいへん複雑で膨大な時間のかかる制度だということをまず、日本人は自覚しなければならないだろう。
やってくれましたね〜
やってくれましたね〜。
日本語に対する思い入れがつよく、
長い長〜い小説を書くあの井上ひさし氏が、
ボローニャのことを書くとは。
これで日本人がまた大勢押しかけるのではないかなあ。
と内心うらんで(?)おります。
どういうわけか、高校時代からボローニャにあこがれを
抱いてきたのです。自分でも何故なのかわからぬまま。
去年イタリアの主なところを自己流で旅したとき、
ボローニャははずしました。
少しあたためておいてから、かの地を訪ねるつもりでした。
そんな折、手ごろな本を出してくれ本当に感激です。
いつボローニャをおとずれるか・・・
重層的に読み解いてみよう!
「ボローニャ紀行」、長い間待たされた甲斐のある本でした。井上さんのボローニャへの思いが伝わって来るとともに、読者のその町への好奇心をそそらされるものでした。以前に井上さんのボローニャ紀行の企画をした映像プロデューサー、星野まりこさんの「ボローニャの大実験」を読みましたが、これも逸品、2冊会わせて読むとボローニャの町や井上さんの心の動きが重層的に見ることができ、これもおすすめです。
井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室 (新潮文庫)
井上 ひさし 新潮社 新潮社 文学の蔵
学校の先生に読んで欲しい
資格試験のヤマとして論文試験があったことから、当時、大量に作文技術についての定番本を読み漁りました。
書いてある内容はおおかた既にどこかで指摘されていることが多いとは思うのですが、
それでもやはり目から鱗の日本語の話し、その周辺部分の面白話があって
一気に読み終えました。
井上ひさしさんといえば、書くのが遅い人という印象しかなくご著書も読んだことは
なかったのですが、
凄い人だったんだとこの本で今更ながらにようやくわかりました。
日本語を、日本を研究し尽くされています。
さっそく他の著書も2冊、アマゾンで注文しました。
日本語に、作文に興味をわかせる本です。
作家でいるということ
私は最後の章の、実際の受講生の作文を彼が添削して短評を添えた部分が心に残りました。
たとえば最初の作品「忘れろ忘れろ」。学校教師を辞めたこととその後が書かれているのだが、読むと息苦しくなるほど辛さが伝わってくる、そしてそれが今も続いていることが察せられる。ここで普通なら筆者への共感、同情、感想が出てくるでしょう。私だってもっと話を聞いてあげたくなる。しかし井上ひさしは残酷ですよ。サラッと「詩のような一篇。感心しました。」と書く。作家というものは怖ろしいものだと思いました。
もっともその後数人のグループで朗読をした際に彼はちょっぴり彼女にフォローしています。「最初の方、とても読み方、お上手でしたよ。感動しました。」と付け足している。
この優しさ、それは甘さなのかもしれないけれど、私は井上ひさしのそういうところに惹かれて随分作品を読んできたのかもしれません。
わかりやすい
帰国子女なので、日本語の語彙が圧倒的に少なく、レポートを書くときも辞書が話せませんでした。
感じた事、思った事を、どのようにわかりやすく表現するか。
その難しさと、書き方を教えてくれる一冊です。
物書きのエッセンスが豊富
文章技術を向上させようと考えた時、役に立つ一冊です。書き方は軽いので、1日あれば読み切れます。
・作文の秘訣は自分にしか書けないことを、分かりやすく書くこと。
・文章を曖昧にするのが「〜か」
・題名を付けることで1/3以上終わっている。いい題名とは情報が豊かである。
・なるべく短くする。
・いきなり核心にはいることが大切。
・日本語は主語を削ると良くなる。
・日本語には関係代名詞がないので、文をちょっと複雑にすると短期記憶に入らない。
・外国語では丁寧さを表すのに人称を変える。
・先触れの副詞を使うと効果的(さぞ、かならずしも、けっして、ちっとも)
・長期記憶の中からとんでもない物が、ひゅっと出てくる。
・わたしたちは民族として長期記憶が少ない。
・全体のテーマからそう外れずに脱線する。
・子供には観察文とか報告文を書かせる。感想文では駄目。
・人に伝えるには言葉が必要。
誰にとっても役に立つ
この本に書いてある作文の技術は、誰にとっても役に立つと思います。もっと早く読めばよかったと後悔しました。国語の先生に真っ先に読んで欲しい本です。
本の最後には、作文教室の参加者の皆さんの作文が載っています。これがまたおもしろい。井上先生が赤字で添削しています。
イソップ株式会社 (中公文庫)
井上 ひさし 中央公論新社 中央公論新社
母親が起こす奇跡、母親が作る文化
父親が海外出張で不在のため、夏休みをお祖母さんのところの林間学校で過ごすことになったさゆりと洋介の二人の物語です。
物語は、37日に分割されて進行します。
その一日ごとに、父親から(実は弘子さんから)の一口小話的な物語が挿入されています。
このウィットに富んだ小話も面白く、これだけを読んでいっても十分に楽しめます。
全体としては、父親の再婚話に戸惑う子供達の成長物語になっていて、これはこれで胸にぐっとくるものがあります。
弘子さんが家に来て台所に立ち料理を作ってくれる場面で、さゆりが思うことがなかなか良いです。
「ごくフツーの食材が、火と水と人の力で、なにかすばらしいものに変化するという、そういうふしぎな奇跡・・・その家その家の文化のようなものが、母を亡くしてからは、この家になかったのだ。」
母親が起こす奇跡、母親が作る文化。
その通りだと思います。
父と暮せば (新潮文庫)
井上 ひさし 新潮社 新潮社
明るく、静かに深い悲しみ
原爆の記憶を持つ親子の、というよりは
人類愛の戯曲といったほうがいいかもしれない。
もはや人間の力をはるかに超えた原子爆弾という
圧倒的な暴力は、人間を人間でなくする力を持っていた。
その忘れたい記憶を、必死に乗り越えよう、そして
悲しみを超えた体験を次の世代に引きついでいこうと闘う
人間としての生き方。
久しぶりに、泣いた。
こんなに短い文章で、しかもこんなに
明るくリアルにヒロシマが描けるなんて。
原爆といえば、小学校の修学旅行で行った
原爆ドームを思い出す。
たしかに、日本にしかない原爆体験は貴重なものだ。
もう一度、原爆ドームを訪れたくなる。
読み終わって、憲法9条の有難さにふるえた。
あの人、うちのおる窓口へきてくれんかな、
人間の存在全体に落とされたものだと考える…と作者が前口上で書いている「原子爆弾」
その下で起きた悲劇を三年後の生き残った女性の日常生活に織り込んで脚本にしたものです。
亡くなった父が幽霊となって娘と暮らしているという設定の舞台で、会話の中に原爆の姿やそれによって引き起こされたたくさんの街の人たちの死が語られます。
ひとり生き残った娘の恋心に「応援団」として表れた父。
愛情のこもった会話がとても心に残る作品です。
原爆と戦争と恋愛と父娘(おやこ)−生きることへの応援歌
実は高校の教科書で知った作品である。夏休みで生徒が読める作品ということで取り上げられたものだった。思いの外反響は強かった。「方言が面白い」「実は父親が最初生きていると思った」「昔の女性はずいぶん遠慮しいーなんやなあ」という所から、「娘の幸せを願うのは生きている者でも死んでいる者でも変わらない」「生き残っているからこそ幸せになってほしいとあの世から思うのは当たり前」「父親への思いが溢れていて、親のあり難さを感じた」という感想へ変化し、そしてその平凡な幸せを奪ったのが戦争であり、原爆だったということに関しては最後にたどり着いたのを覚えている。
恋愛を手助けする背景にいる父親が生身であれば、今時の若者からの反発も強かったのかもしれないが、原爆で命を落とした父親の切なる願いと希望という設定は、すんなり受け入れられたようだった。
映画を見る前に、イメージを喚起するため、この短い作品を一読してから映像に入って欲しいと思う。
広島で生き残るとは・・・
広島に原爆を落とした国がある。
落とされた国がある。
死ぬのが普通。
「生き残った者はどうすべきだったのか」
井上ひさしはこの状況をどこから切り取ったのか。
生き残った者の立場に焦点をあわせた。
さすが、井上ひさしである。
「幸せをもとめてもいいのだ。」
被爆者で生き残り、語ってくださる人たちは、少なくなっている。
私たちの周りから、「被爆」から人生が変わってしまった人たちが、どんどん少なくなっている。
この現実を抑えながら、「頑張って」この作品を読み切ろう。
私たちの課題は明確である。
こんな事態を 再度 おこしてはならない。
映画化された『父と暮らせば』を観ること。監督は黒木和雄。
DVDで購入可能。宮沢りえと原田芳雄がいい演技しているのだ。
名作。舞台脚本。
広島弁で書かれた原爆の本
広島弁で書かれた原爆の本。
故郷のことばの不思議な魅力、説得力と、ストーリー自体のせつなさに何回も泣きそうになりました。
原爆投下直後の広島で、家の下敷きになった父を助け出そうとする娘、そして自分を助けようとするその努力そのものが、娘を炎の中で死なせてしまうという懸念から娘にその場を立ち去れと叫ぶ父。。。
井上ひさしは、こういうことが繰り返されてはいけないという思いから、「あんなむごい別れがまこと何万もあったちゅうことを覚えてもろうために生かされとるんじゃ」と幽霊になって登場する父に娘に向かった言わせたということのようだ。
それだけではない。
父をそういうかたちで失って「自分は幸せになってはいけない」と思う娘が恋におちる。その娘の中に「でも幸せになりたい」という気持ちが生まれる。この戯曲では、その娘自身の気持ちを「娘の恋を応援する幽霊になった父」と登場させて気持ちを代弁している。
「原爆の悲惨な経験は語り継がれるべきだ」ということは簡単だが、この本を読んで、最近そういう使命感で被爆体験を語り継いでいる多くの被爆者の人たちは、「できれば忘れてしまいたい」体験を「でも伝えなければ」と思うようになるまでに、実に多くの葛藤を経てこられたのだろうなと思いました。
最後は、死者は生きているものの幸せを願っているというメッセージを父からもらったと確信し、迷いなく好きになった人との結婚を決意する娘の潔さに、心地よい読後感と元気をもらいました。
広島弁がちーとむずかしいかも知れんが、だまされたー思ぉーて、まぁ、いっぺん読んでみんさい。
にほん語観察ノート (中公文庫)
井上 ひさし 中央公論新社 中央公論新社
言葉と意見
毎回、「お題」であるらしい新聞の記事や投稿が載っていて、そのあとに新聞に連載された文章がくる。単行本だと2,3ページで終わるぐらいの分量の文章だが、起承転結がはっきりしているものが多い。
こういう論理展開だとこう終わるなと思ったら、途中でひっくり返ることも多く、世論が一つの方向に行くと危ないので、わざと反対のことを言うという姿勢も好感が持てた。
日本語の話から社会批評になっているものも多く、どれだけ普段使う言葉が意見に影響するかと思うと、それもまた面白い。
大体において、「最近の若者はこれだから」という意見には反対していて、これは昔に戻っただけだというものも多かった。どこまで本気でそう思っているのかは知らないが、「問答無用」と言うようになったら危ないというのは全くその通りだと思うし、とりあえず異論を出してみる人は、世の中に必要だと感じた。
言葉に対する日頃の心得
〈外来語の表記〉「モチベーション」と発音しても外国人に分からない。「モティヴェーション」と発音すると、「動機づけ」であることが分かるのではないか。〈熟さない外来語より日本語を〉「スキーム」「コンセンサス」「アカウンタビリティー」より「計画」「合意」「説明責任」を。〈日頃から辞書になじんでおく〉海苔は「しめる」のではなく「しける」が適切。〈文章上達のコツ〉ことばの数をふやし、使い分けを確かめながら、心の内に言いたいことを育てていく(雅)
モッキンポット師の後始末 (講談社文庫)
井上 ひさし 講談社 講談社
東野圭吾さんに影響を与えた作品
東野さんが影響を受けたというのを聞いて読んでみました。
確かに東野さんのエッセイの書き方はここからきてるんだな、と感じました。
特に内容がある作品ではないんですが、
古き良き時代の雰囲気が楽しいし、表現が面白くてニヤニヤしてしまう感じです。
バカ正直な神父さんと 著者の学生時代の話
ちょっとバタくさい(って死語か)(笑)感じの
カトリックの寮での青春劇。
昔読んで面白かったのを思い出し、
本屋で探してしまった。
人を憎むことのできない信仰者としての師と、
ちょっと人間くさい、ずる賢い面をもった師は、
その辺に居そうで、居ない。
みんな自分をうまくかくしてるんもんなぁ〜。
究極の許し
作者の学生時代をモデルにした青春ユーモア小説であると共に、キリスト教における"許し"を扱った小説。いつもトンデモない事を思い付いて暴走する三人組。そんな彼等を叱りながらも、最後には懺悔と引き換えに許す神父。究極の"許し"の構図である。石坂浩二主演でTV化もされた。
三人組の悪戯よりも、むしろ何故か大阪弁で話す神父の会話が面白かった。特に賠償額をまけてもらう際、「その代り、懺悔の回数500回にまけときまっせ」という言葉、今でも思い出す。
甘く、せつない青春時代。こんな神父は理想の存在だろう。"許し"の構図をユーモアで包んだ傑作青春小説。
なぜか読んでしまったーーーー
某女子校の推薦図書のなかになぜかこの本が挙げられていて、子供のために購入して、おもわず読んでしまったけど、ーーーーーどう見てもこの本を推薦図書にあげたのは、女の先生とは思えない。だめ学生の脱線行動、台詞のひとつひとつが、下品である。とことん「だめ」男である。本屋の棚のなかから、私も自分では選び出さないたぐいの本である。
でも、あまりにモッキンポット師が、なさけなさそうにしながらも「しかたおまへんなあ」といいながら「許してしまう」のでついつい最後まで読んでしまった。「女の作者には書けない作品だなあ」と思う。人間の甘さもずるさもいい加減さも、噛み分けて、全部を包んで愛して育んでいる大きさおおらかさがある。モッキンポット師も決して聖人君子的ではないのだけれど、あったかい人である。にやにや、げらげら笑いながら読んだ後で、「こんな人への対処の仕方がある」ことが、じわっと胸に沁みる。読了して、忘れられない印象的な話となったのが意外で新鮮な驚きであった。
こんな神父さんがいてくれたら
ずっとずっと昔に読んだ本なのですが、忘れられません。
こんな神父さんがいてくれたらいいなあと思いました。
好き放題している若者たちがうらやましかった。
当時は、ただただ面白がって夢中になって読んでいただけですが、大切なテーマをはらんでいる物語だったのだと、今になって思います。
自家製 文章読本
井上 ひさし 新潮社 新潮社
この「文章読本」は信頼できる
井上ひさしさんは「自分の考えを自分の言葉で書くことが一番大切」と考えているのだと思う。この「文章読本」は信頼できる。名文や美文を誉め讃え、お説教を垂れたりしない。文章を書く者として読者と一緒に考え、悩み、迷う。ほんとうに楽しい時と満足を与えてくれる本。
美しくて味わい深い文章
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美しくて味わい深い文章
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抱腹絶倒で深い議論がなされている。
先達の文章読本を引きながら、独自の論を展開している。例にあげられている文章が多様で、さまざまなスタイルの文章を比較しながら考えることができる。井上ひさしさんならではのユーモアがふんだんに盛り込まれながらも、文章に関してのかなり高度な議論が展開されている。
井上ひさしの 子どもにつたえる日本国憲法 (シリーズ 子どもたちの未来のために)
井上 ひさし 講談社 講談社 いわさき ちひろ
嫌悪感あるポエム
子供向けに憲法の大事なところを伝えると称したポエム。
自らの政治的主張を含む創作と憲法を混同させて、
批判能力の備わっていない子どもに読ませる本書には嫌悪を感じる。
たくさんの人に読んでもらえたら
まずは読んで、自分の中になにかを芽生えさせてくれる本だと思います。
本の題名だけでは、判断できない、大切なものがぎゅっと詰められています。
たくさんの大人に、日本人だけでなく、世界の人がこの本に書かれている気持ちを持てたら
どんなにかいいだろうと思います。
人間が目指すべき方向を、日本の憲法はちゃんと示している。
いまさら知ったというか、知って良かった。
そして、変えてはならない。私たち大人が、こどもたちにしてあげられること。
どうか、読んでみてください。
憲法が、、、
60年たってふるいからみたいなお気楽な考えの
議員がおおすぎる。
この憲法が古くとも9条はいつまでもふるくはならないのだ。
恒久的に変わらないで欲しい9条である。
子供に目をつけたのは流石。
ちいさいときからわが国は政治、経済、世界がいまどのように
なっているかを教えていない。
そんななか。とてもいいのではないかい井上さん。
いちどく推薦です。
もっとこういった視点の本が必要だ
憲法の理念というと難しく感じるが、
たとえ話しの判り易さとがいわさき氏の挿し絵が相まって、
とても優しい気持ちでその原文の精神性に接する事ができる本。
未成年も含む国民の総意による憲法改正投票が行われる可能性のある中で、この本は非常に貴重。
大人向けの憲法を理解するための本は多数あるが、
本書のようなアプローチで創られたものは子供たちのためだけのみならず、
大人も原点に立ち返ってその理念を考えるきっかけとなる。
きちんと答えるのは親の責任
「日本国憲法」・・・憲法とか、法律と言うと
私たちは、とかく難しく考えてしまいがちです。
しかし、実社会で法律を離れて生きていくわけには行きません。
そう、これらは密接に実生活に結びついているのですから。
この本は難しい言葉では書かれていませんから読むのに抵抗がありません。
これは、この本の良いところです。
「憲法って?」
そう子供に聞かれたとき
きちんと答えるのは親の責任です。
井上ひさし全芝居 (その1)
井上 ひさし 新潮社 新潮社
青葉繁れる (文春文庫)
井上 ひさし 文藝春秋 文藝春秋
訛りがたまらない
仲良し五人組はみな名門校にいるにも関わらず、やりたいことをやっていて、それを温かく見守る周囲の大人達の優しさが胸をうった。
笑いの要素が多いなかでちょいちょい出てくる感動的な場面が、面白さをより引き立てていた。
この作品は井上靖の「しろばんば」と並ぶ素晴らしい作品だった。
心の底から「笑える」
背景などからみて、時は昭和30年代だろうか?
新制の仙台の男子高校生の5人グループが、騒動の数々を巻き起こす。
この高校は、名門校らしいが、グループの成績は、全員下から数えた方が早い。
稔を筆頭に、グループの行動は、いかにもボンクラ高校生らしい。
東京からの転校生の俊介が、格好は付けているが、色々とボロが出る。
物語には「笑い」がぎっしりと詰まっている。
その笑いとは、直接的な意味のものから、深い意味のものまで多彩だ。
とにかく本書には、吹き出しそうになる場面が度々あり、電車の中などで読むには要注意だ。
幕切れ部分の校長の行動には、ちょっとしんみりとさせられる。
高校生らしい喜怒哀楽がぎっしりと詰まっている本書。
心の底から、笑わずには、いられない。
青春小説の佳作
第二次大戦敗戦後の仙台を舞台にする青春小説。以前から読もう読もうと思っていたのだが、新装版が出たのを機にようやく完読。特に、第6章の松島小旅行の挿話では大笑させられた(久しぶりのカタルシス)。また、チョロ松校長の行動には、古き良き時代の理想的教育者の姿をみる。(エリート校だから許された点も大であろうが・・・)軽石先生の講話のシーン(184頁以下)も印象深し。私もこんな学校にいたかった。お勧めです。
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