働きマン 仕事人に聞く 働きマン 仕事人に聞く
一志 治夫   講談社   講談社   安野 モヨコ  
本物の働きマンを知る
説明不要の超大人気漫画『働きマン』のノンフィクション版というと不思議な感じするが、読めばこれはきちんとした人物ドキュメンタリーだということがわかる。実在する仕事人「働きマン」5人の、彼らの仕事に対する考え方、熱意、そして生き方がそれぞれ良く伝わってきて、色々学ばされることが多い。とりわけ、滅多にノンフィクションでは語られないであろうお笑い芸人ナインティナインの岡村氏の話は興味深い。また、山形で絶大の人気を誇るイタリアンシェフ奥田氏の話も、実に実に良い。なかなか外からは見ることのできないプロフェッショナルたちの働き様を垣間見ることができ、非常に面白かった。仕事に迷う人、悩む人にもぜひ読んで頂きたい一冊。

失われゆく鮨をもとめて 失われゆく鮨をもとめて
一志 治夫   新潮社   新潮社  
ちょっと切ない 鮨 紀行
これは単なるグルメ本の類ではない。“鮨”を通して、昨今の環境問題、消費行動、伝統継承を質したノンフィクションだ。

著者の“食の冒険”の旅は下目黒の「寿司いずみ」の暖簾をくぐった所から始まる。親方の佐藤衛司氏に誘われ、親方の話を聞き、旅をし、漁師、仲買人、杜氏、酢の醸造元らの話を聞き、食べる。“支店長”と呼ばれる地方から下目黒へ参詣する常連客が、人間関係を紡いでいき、新たな食材の旅へと繋がる。この動作を繰り返した2年間が結晶として記されている。

現代鮨屋の流派の分析や、ねた元の漁師や酒蔵の杜氏を訪れる紀行文も楽しいが、やはり何と言っても、この本の最大の魅力は「第四章 師走、目黒の夜」に尽きる。外からお店の様子を描写しながら入っていく。店の中の様子も然りだ。親方が出てきた。ここからは全て、親方の口上が14ページに渡って書かれている。フォントも明朝体から変わっているので、親方の口上だということが見るだけでも判る。お客に話す口上と、従業員にべらんめぇで指示する口調が混在しているのが、また何とも楽しい。予約を入れて、フォーマルウエアを着て、大枚叩き、満を持して良い鮨屋へ行った時の緊張感と満足感が読み終えたあと味わえる。

鮨は元々庶民的な食べ物…、鮨を食べるのに、いちいち蘊蓄(うんちく)はいらない…等々のご批判をされる諸兄もおられる一方、自ら全国各地、脚で生きた情報を仕入れ研鑽を積まれた“親方”の精魂込めた解説は、それだけでも鮨という食文化に深みを与え、日本人に生まれた喜び、汚染された海を憂える気持ち、職人気質がホンモノを守っている事実を気づかせてくれる。

もう、食べられないのかしら…とちょっと悲しい気持ちが胸をよぎりつつ読み終える。ならば、しょうがない。また4章を読んで目で味わおう。
読み応え十分
筆者は鮨を通して日本の食文化の奥深さと、それらが文字通り“失われゆく”ことに深い洞察をかけています。
職人や仲買人、そして生産者や漁師達が情熱をかけ鮨という職の芸術を作り上げていく過程を決して薄っぺらでない文章で読ませてくれます。公共事業への批判なども含め、数多くのマンガでも取り上げられた題材ではあるのですが、数々のノンフィクションをものにしてきた作者の手にかかると素晴らしい読み物になります。まさしくそれは鮨職人の主人公の技と繋がるところです。
惜しむらくは表紙カバー以外に“佐藤の鮨”を伝える写真がほとんど掲載されていないことで、それは作者や店の意図したところであるのかも知れませんが、内容を伝えるには画竜点睛を欠いています。具象的な写真はかえって読者のイマジネーションを妨げるということかも知れませんが、なかに出てくる「お品書き」がすごすぎて全体が見られないことに多少の不満が… それで星4つです。
美味しさを楽しみ続けるには、ちょっとの我慢
目黒の鮨屋の親方佐藤衛司との彼の鮨に惚れこんだ一志は、
佐藤の鮨、広くは食への執着を追いかける。
取材の対象は佐藤の情熱の向かう場所、情熱をぶつける人たち、
佐藤に負けない情熱を持つ人たち。
市場に始まり漁場、米屋、酒屋、味噌屋と広がる。漁師であり、職人であり、生産者。

読むだけで食指が動くが、
一方気になったのは、行く先々で最前線の男達が口を揃えるていう言葉。

「魚(貝)が減っている」

理由を問うと大抵は「捕りすぎ」となる。

目先の生活のためにはそうせざるを得なかったケースもある。
しかしこれでは現場の人たちが共倒れしてしまう。
この現場の苦悩は後に消費者である我々にやってくる。
消費者である我々が求めた結果でもある。
安く美味しく食べられたものが食せなくなってしまう。
美味しい貝や若布の味噌汁が食べられなくなるかもしれない。

日本の素晴らしい食文化を継続して味わうには「ちょっとの我慢」が
必要なのだと思う。

それにしても鮨を食べたくなる。
200年の到達点
一切の妥協を許さず最高の素材で鮨を提供する職人(目黒の親方)に付き添い、全国各地へ仕入れ行脚を重ねる。
自然環境と業界環境がともに刻々と変化しており、最高の魚介類の仕入れは年々難しくなっている。
弾圧のなかでも静かに信仰を護持する宗教家のように、親方の拘りはともすれば「何もそこまで」と言われかねない凄みがある。
著者は、庶民の食べ物として生まれ、時間の中で独自の芸術様式へと昇華した江戸前鮨200年の歴史の、一つの到達点として親方の鮨を記録しようとしており、その試みは成功していると思う。
いい鮨は高い。高い価格に納得して支払う食べ手がいるから鮨屋が商業として成立・発展している。
本書に登場する本物とされる鮨屋が、食べ手を失い商売にならなければ滅びるか、もしくは保護されるべき伝統文化としてダイナミズムを失いつつ延命するしかない。
つまり一席で数万円の鮨を食べる人々の存在と彼らの味覚が、鮨文化の命運を握っていると言える。
本書には食べ手側の変化や鮨店の商業論はほとんど登場しない。
著者の探求が単なるグルメスノビズムではないのであれば、日本人の食文化の一部としての鮨論、ビジネスとしての鮨屋論も、今後展開されることを期待したい。

鮨を喰うということは、「命」を頂くことである。
これはグルメ本でも、「鮨」にありがちな高級店の評論でもない。真摯に「鮨」と向き合い、「鮨」を通じて人間、社会、環境を描いたノンフィクションだ。鮨好きの著者は、ある時こぢんまりとした鮨屋を発見した。銀座でも築地でもなく目黒のとある住宅街にひっそりとあるという。そこで出会ったものは、今までの概念を一瞬にして覆すような「世界一幸福な食事」。その店の親方と鮨に魅了された著者は、その鮨の秘密と技、哲学を知るべく、日本各地へ旅に出た。北は利尻、南は奥志摩。親方が仕入れる魚、貝、それを生み出す人々を自分の目で確かめるために、現地取材を繰り返した。そこで聞く漁師や生産者の話には共通項があった。それは食材へのこだわり、愛情、食の哲学。更には、海洋汚染など食材をとりまく危機的状況だ。また海の命を後先考えずに根こそぎ奪う漁業者達の存在もある。親方のこだわりは鮨ダネの海産物だけではない。米、酢、酒、氷など全ての食材は、徹底して選び抜いた本物であり、それら生産者の熱い情熱は狂気でもある。それはただ単に「食べるもの」を作るという考えを遥かに超え、命である食材を丁寧に扱い、最高の良さを引き出した上で、客に美味しく出すことまでが考えられている。そして最高の食材を余すことなく、感謝の心を持って、丁寧に愛情を込めて料理をするのが、この親方なのだという。江戸っ子である親方のこだわりと人情は、忘れかけられている日本人の魂の様にも感じる。食材の命を大切にし、食の重要さを説く。その哲学と心意気には恐れ入った。おりしも最近マグロ漁獲高を巡る議論がなされているが、「マグロ大国日本」には死活問題だろう。しかし問題はマグロだけではなく、いまや全ての魚介類が危険にさらされている。そういった意味でも、「鮨」を通じて環境問題までをも掘り下げ、同時に「食育」についても訴えるこの本は、非常に貴重だろう。著者の先見の明に敬服。

魂の森を行け―3000万本の木を植えた男の物語 魂の森を行け―3000万本の木を植えた男の物語
一志 治夫   集英社インターナショナル   集英社インターナショナル  
「鎮守の森」が世界の公用語へ
 友人に薦められて手にした本ですが、面白くて一気に読んでしまった。
「ふるさとの木によるふるさとの森」の再生、植林活動を進める宮脇昭さんの足跡が語られていますが、単なる
エコロジー礼讃ではなく、自然の植物体系における人間の位置付け、人としてこれからの生き方、文明の在り方
等の示唆に富んでいます。
 宮脇さんの学ばれた植物社会学、「潜在植生」からの森の再生そのヒントが日本では「鎮守の森」にあった。
今、その「鎮守の森」がChinjunoーmoriとして世界植物学会の公用語となっている。
 世界の文明は森を破壊しきって滅んで行ったが、日本はそれをしなかった。
 今やっと宮脇さんの考えに世の中が遅ればせながら着いてきた気がします。 出来るだけ多くの方に読んで頂
きたい本です。

自分が恥ずかしくなりました
土地にあった植物の重要性がよくわかった。 また宮脇さんがどういう人物かが第三者の視点から上手に描かれている。 人としての本当の幸福とはどういうものか、自分の今までの生き方と宮脇さんの生き方を比較してあまりにも大きな隔たりに読後半日以上たった今もその衝撃が抜けきらないでいる。楽な生き方へ流れがちな現代人にできれば子供のうちに読ませてこういう人が世の中にはいると言うことを知っておいてほしいと思う。
本当の自然保護
久しぶりに『血(知)が騒いだ』本でした。「なるべく楽をして自分だけが楽しければ良いや」という風潮の現代に、このような人物が存在しているなんて驚きでした。「猪突猛進」「疾風怒涛」という言葉では表現できない凄みさえ感じました。それは単なる『山師』的なものではなく、しっかりした人並みはずれた『知識』の裏づけがあるためでしょう。この本を読めば、「通常言われている『自然保護』の意味がどんなに異なっているか。」わかると思います。単に植林をすれば良いのではないのです。『潜在自然植生』なる概念が最も大事なことであり、その代表例が『鎮守の森』です。著者(一志治夫)が書いているように、この植物学者(宮脇昭)は「単なる学者ではなく、自分で率先して人々を動かし、また自ら先頭に立って直接自分で木を植える。しかも、宮脇の発する言葉には哲学があった。」と述べています。ぜひ、ご一読を!

植林を真の森の再生、緑の再生につなげるためには、宮脇理論が必要であることを初めて知った。「どのような木を、どのような割合で、どのように植えればいいのか」まで考えてこそ、木はその土地に根付き、その土地の鎮守の森となる。植林活動に興味を持つ者は、この本を通じてどのような植林活動が真の植林活動となるのかを知るべきです。

環境への問題意識が高まる中、環境問題に対する告発や啓発の書は多い。
しかし、そういった本の多くは-「では、どうしたらいい?」「私たちは何をできる?」-このような問いへの答えまでを用意せず、私はきまって暗い闇に無責任に放り込まれるような読後感を得る。

しかし、だ。『魂の森を行け』は単なる啓発の書にとどまらない。宮脇教授の「魂の森」に対する熱意を追いながら、私は自らの環境への問題意識が足元から固められていくのを感じた。いわば、頭でっかち(シャロー)ではない、確かな環境保全活動(ディープ)に一歩踏み込む方法を会得したことを感じた。そして、「人生に一度は必ずその土地古来の植生に基づいた植林活動を行おう」と決し、すがすがしい読後感を得た。


僕の名前は。―アルピニスト野口健の青春 僕の名前は。―アルピニスト野口健の青春
一志 治夫   講談社   講談社  
人間としての飛躍
 2001年に出た単行本の文庫化。
 スポーツ・ノンフィクションの分野で傑作の多い一志氏が、登山家の野口健の半生を描いたもの。
 野口健は、1999年に世界最年少(25才)で七大陸の最高峰をすべて制覇した登山家。一方で、エベレストの清掃登山でも知られている。
 本書は、野口の少年時代に重点を置いて描かれている。複雑な家庭環境、残虐な不良少年時代、エジプトでの生活、イギリスの学校、恋愛と挫折。無軌道で暴力的な生活から、やがて登山に目覚め、急速に人間的な成長をとげていく姿に迫力がある。これだけ荒れていながら立ち直れるのか、と驚くほどだ。
 一志氏の乾いた文体も良く合っている。
 ただ、登山記の読者は戸惑うかも知れない。むしろ、人間ドラマとして読むべき本だろう。
世界で一番ヤバイところ
野口健は七大陸最高峰の世界最年少登頂記録保持者だ。テレビで見る野口健は快活で一事を成し遂げた自信にみなぎっている。

まるで好印象だが、彼の少年時代はやんちゃも過ぎるほどでそのパワーが山に向かわなかったらどうなっていたか分からない。17歳のときに植村直己の本に出会ったのだ。出会いは大切だ。そして山ののめり込む。

勢い。

経験の少なさをカバーするには欠かせない要素だったのかも知れないが、山を相手にしたときはそれが命を落とす結果につながる。無謀と言っても言い過ぎていないと思う。僕は中学高校のとき毎年北アルプスに上っていたから少なからずその無謀さが分かる。しかし次々と各大陸の最高峰をクリアしていく野口。

そんな野口であったが最後の砦、エベレストには苦戦する。何度も心が折れそうになる。苦しんだ。苦しんだが3度目の挑戦でやっと登頂に成功する。しかしこのとき野口はこれまでの登山で味わったような解放感と感動を得られていない。

いま世界で一番ヤバイところに立っている。

あまりに実感のこもった思いに震えてしまった。

野口健の情熱を勢い落とすことなく一気に読みきれる本だった
素敵な大人になるために
久しぶりに魅力溢れる人を知った感じです。
もちろん登山家の野口健という人は知っていましたが、どう素敵か
全くわかっていませんでした。

今では品行方正と見られる彼が、少年時代はエネルギーを持て余した、
今の日本で言うと完全に異端児で、もっというと犯罪者扱いされているほどの
トンネルを彷徨っていたということ。
エベレストへのチャレンジも死を覚悟する中で遂行したこと。

この本に好感を抱いたのは、単なるサクセスストーリーではなかったことです。
幼い彼にあったずるさや弱さ、時には傲慢ともいえる行動をさらけ出し、
登山家として稚拙であった過去を隠していない。
激しく周りとぶつかり合ったりしながらも、なおも人を惹きつけるのは
既存の価値観に依存しない直向きさ、素直さ、誠実さに他ならない。
欧米人がシェルパをそれはくっきりと使用人、奴隷扱いするのに対して、
彼は人として付き合うことに一切の疑問を覚えない。
その姿勢が、他の人には無い彼の可能性と強さであると思う。

また非常に示唆に富むのが、
ひょっとするとダースベイダーのように暗黒面に落ちてしまうかも
という青年期の中で、彼と真正面からぶつかり合う大人がいたということ。
父親の外交官という特権に甘んじない姿勢が、今の彼を導いた。
素敵な大人が彼を素敵な大人に育て上げた。

だから子供が読んでも、大人が読んでも心にぐっとくるのではないかと
思います。
本が人の運命を変えることもある
野口健の自著「落ちこぼれてエベレスト」を読んで興味を持ちました。
落ちこぼれてエベレストと重複する部分もありますが、この本は野口健本人っが書いたものではなく第3者であるライターが書いたので、違った視点で楽しめました。
幼い頃の行き場の無いエネルギーが全部、登山に移っていくところはすごさを感じました。そして本当にすさんでいた野口健を故植村直己氏の書かれた本が、人生を変える。こういうことってあるんですね。そして、それを実行した彼にもすごさを感じました。
また、エベレスト登頂2度失敗の部分も多く取り上げていますが、かなり悩み苦労していたんだなと思いました
最近は清掃登山や環境教育に力を入れているようですが、登山の時のような爆発するようなエネルギーを発揮してくれることを期待しています
学生や子どもさんには特におすすめです。
「野口健さん」と言うと、「コーヒーの人?」「違いのわかる男でしょ?」とか「エベレストきれいにしている人?」とイメージする人が多い気がします。私もそんなイメージを持った一人でした。

なんとなく、興味をもって、読み始めたら、数時間であっという間に読めてしまいました。とにかく読んでいて、気持ちが良く、止めたくても止まらないといった感じです。野口健さんの波乱万丈な人生や、地にしっかりと足をつけている生き方に、すごく心を揺さぶられました。それに、何より野口さんの環境教育に対する考え方は、本当に必要だなと痛感しました。

山登りが好きな人や、環境に興味がある人は絶対読んだほうが良いと思います。そして、学生や子供さんにもすごくすごくおすすめです。大満足の一冊でした。


小沢征爾サイトウ・キネン・オーケストラ欧州を行く 小沢征爾サイトウ・キネン・オーケストラ欧州を行く
一志 治夫   小学館   小学館  
小澤征爾サイトウ・キネン・オーケストラ欧州を行く
最高な本でした。素敵な写真と文章。。。。。。。。。
心地よい音に包まれます
読み終えたら、なんだかすごく心地の良い、ほわっと暖かな気持ちになりました。

著者の一志治夫さんが生み出す文章は、いつもすごく素敵です。過去の作品も読んでいますが、いつもキレがあって、かっこよくて、気持ちのよいリズムで進んでいきます。それでもなぜか、すごく華のある、色つやのある素敵な文章なんですね。今回は特に、目には見えない「音」、小澤征爾さんの指揮によってオーケストラから吐き出される「音」を、目に見えるような形で伝えてくれた気がします。まるで、自分の目の前にオーケストラがいるような、そんな不思議な感覚をもたらしてくれます。

この本を読むときは、周りに音のない状況で読むといいかなとも思います。頭の中にどんどん音が生まれてきますから。小澤征爾さんや、クラシック音楽が好きな方はもちろんのこと、ヨーロッパに興味のある方にもお勧めです。文章も写真もデザインも、全てが素敵な1冊でした。


狂気の左サイドバック―日の丸サッカーはなぜ敗れたか 狂気の左サイドバック―日の丸サッカーはなぜ敗れたか
一志 治夫   小学館   小学館  
都並が狂気なのか、そこまで書き込んだ著者が狂気なのか
 <ドーハ世代>の代表的サイドバック、都並敏史の<戦い>を描いたノンフィクション。
 週間ポスト「21世紀国際ノンフィクション大賞」の第1回受賞作品である。
 少年時代〜JFL(読売クラブ)時代の都並も取り上げてはいるが、メインはドーハの悲劇前後。
 左足くるぶしの骨折をおして米国W杯最終予選の代表チームに帯同し、チームと共に、そして自らと<戦う>姿が中心である。
 「狂気」という言葉が都並のキャラクターにフィットしているかというと議論の分かれるところだが、本書自体がもつ<気配>は間違いなく「狂気」。もの狂おしく、鬼気迫るものがある。
 くるぶしにボルトをねじ込む手術。練習前に骨折した箇所やボルトをねじ込んだ穴に直接麻酔を打つ。練習後に襲ってくる猛烈な痛み。それらの描写には思わず目を背けたくなる。まさに「狂気」。
 都並が狂気なのか、そこまで書き込んだ著者が狂気なのか。

 スピード感あふれる文体、多面的な取材に基づいた立体的な構成は本格派のノンフィクション。傑作である。


たった一度のポールポジション
一志 治夫   講談社   講談社  
海老沢さんに書いてほしかった。
 「高橋徹」というドライバーは、僕にとっては、「浮谷東次郎」(漢字に自信なし)と同じような存在である。後者は「生沢徹」と戦い、死んでいった。「高橋徹」の事故は、僕はニュースか中継か忘れたが見ている。ダウンフォースをつけるために大きなウイングをつけた車がスピンして反対に揚力を持って舞い上がったのがまぶたに焼き付いている。

 ドライバーの心理やその周辺の状況は中々分からないものであるが、ともあれ、「高橋徹」を取り上げてくれたことは感謝したい。

 しかし、この作者は、例えばサッカーの都並を取り上げた「狂気の左サイドバック」でもそうであったが、かなり切り込んで「それからどうなるの?」というところで、話が終わって場面転換してしまう。分析又は追及が中途半端だ。彼の作品は総じて、取材不足か、取材結果を充分分析しないで、中途半端に表現してしまうところに問題がある。それが残念だ。

 「高橋徹」のレクイエムは、海老沢さんに書いてほしかった。
貴重な記録ではあるが物足りなさが残る
今や伝説となってしまったレーシングドライバー「高橋徹」についての
ノンフィクション本です。

F2にステップアップする直前から事故死するまでの約1年の期間につ
いては、時代背景、チームの状況などが詳しく書かれ、また、環境の変
化によってもたらされた心の迷い、不振から来る焦りについてもとても
丁寧に書かれています。

ただ、それ以前の駆け出しの時代については記述の量がかなり少なく物
足りない内容となっています。

また、なぜたった4年でF2でトップ争いをできるまでのスキルを身に
つけられたのか、レーシングカーについての技術的知識やドライビング
技術をどのようにして高めていったのか、についてはほとんど書かれて
いません。この点についてもレースファンとしては不満が残ります。

更に、写真や図の類が一切無いことも不満です。当時の富士のコースレ
イアウトやマシンの構造など、きちんとした資料で説明すべき部分がた
くさんあるはずなのですが残念です。

高橋徹自身の写真についても、カバー写真のみで、広島時代、入門フォ
ーミュラの頃、サーキット外での表情など、もっともっと載せるべき写
真はあったように思いますが何もありません。見せて欲しかったです。

とは言いつつ、レーサー高橋徹に関する数少ない資料であることは間違
いありません。

生きていれば、間違いなくF1進出を果たしていたであろう、一人の才
能について知っておいて損は無いと思います。
これほど何度も読み返したのは・・・
たぶんこの本だけでしょう。
同い年のTORUが事故死したときは夜勤していました。
非常に悲しい思いをした思い出があります。
結局生身のTORUを見ることは無かったが、この本は手に取るようにTORUが解かります。
お母さんが「入院の世話をするには新しいエプロンが要るな」と既に他界していることをあえて否定するような表現。
著者の思いもすべて詰まっていると言っても過言ではないように感じます。
ノンフィクションのお手本
どうしてこんなにいい本が絶版にされてしまうのかと悲しくなってしまう一冊。著者のデビュー作であり、非常に丁寧に、丹念に、精緻に、そして細部に渡り書き手の気合と情熱が感じられるノンフィクションストーリーです。
主人公は当時若干23歳だったレーサー。当時を全く知らない自分が読んでも、彼の心の変化や成長過程が手にとるように分かります。そして最後の結末はあまりにも衝撃的で泣けてしまうような、そんなすごい一冊でした。こういういい本はずっと読まれ続けて欲しいです。
こういうノンフィクションこそ売れるべき
一志さんの本を読んでいると、いつも品のある文章だなと思う。虚飾や媚びやはったりがほとんどない。事実が正確に淡々と地道に書き連ねてある。もっと自分を出してもいいのになと思うこともあるが、それをしないからこそ、読後感に静かな感動が湧き上がってくる。そんな著者のストイックな姿勢に敬意を表したい。

これは著者のデビュー作である。興味のある人はまずはこの一冊から。文体も構成も洗練されており、第一作とは思えないほど完成度が高い。


たったひとりのワールドカップ―三浦知良、1700日の闘い (幻冬舎文庫) たったひとりのワールドカップ―三浦知良、1700日の闘い (幻冬舎文庫)
一志 治夫   幻冬舎   幻冬舎  
日本代表のことを全日本と呼ぶ世代としてはほろ苦い読後感
「狂気の左サイドバック」で21世紀国際ノンフィクション大賞を受賞した著者による三浦カズのドキュメンタリー。
「ドーハの悲劇」から仏W杯本大会まで、日本サッカーの<顔>として活躍しながらも最終的にW杯メンバー22名の選に漏れたカズの足跡を、当人へのインタビューを軸にフォローしている。
W杯終了からほどなくして出版されており、雑誌記事がベースとはいえ、極めて短期間の編集でまとめられた本である。  そのためか、前半部分の記述は個々のインタビューの時間的な間隔が長く、そのギャップを著者のコメントで埋めて処理した結果、少々<はしょった>印象を受ける。  一方、後半部分(仏W杯予選から本大会)はさすがに密度が高く、本書の価値はそこにあるといって良い。
仏W杯日本代表モノのノンフィクションといえば、「決戦前夜」をはじめとする金子達仁の一連の著書や増島みどりの「6月の軌跡」があげられるが、前者は中田英、川口等<新世代>に軸足を置き、後者は<全関係者からの証言>をうたいつつ結局カズのコメントが取れぬままに書き終えられている。  つまりカズ(およびそれに連なるドーハ世代)の側からの仏W杯を追った著作は本書をおいて他にはない(たぶん?)。  先のW杯を俯瞰的に振りかえるためには、やはり本書のような視点は不可欠である。
文中カズのコメントをみていると、<ああ、このヒトはW杯への出場を、ホントに待ち焦がれつつ生きてきたんだなぁ>と痛感する。
そしてそんなカズのW杯への<恋慕の情>は新世代の選手たちとっては、なんともうっとうしいというか、もしかしたら滑稽にすら感じられたんだろうなぁ。
カズ同様、日本代表のことを全日本(ゼンニホン)と呼ぶ世代の一人として、ほろ苦い読後感を味わった僕でありました。

語り残したこと
 1994-98年にカズに行ったインタビューをまとめたもの。
 当時、『Number』などの雑誌に掲載された、そのままの内容であり、あのころの熱気や臨場感が伝わってくる。特にカズのイタリア移籍前後の記事は興味深い。
 全体としては、ドーハの悲劇から、1998年フランスW杯本大会直前にカズがメンバーを外されるまでが扱われている。インタビューを通じて、そのときどきのカズの心の内が伝わってくる。ブラジルでの成功による自負心、98年時点でのまだまだやれるという意気込み。
 しかし、本としての完成度は低い。状況説明がほとんどされないから、いまの読者にはついていけない部分が少なくない。当時の読者には自明のことでも、本にまとめる際にはきちんとフォローして欲しかった。また、とびとびに掲載された記事であるため、話題が連続していない。何があっのかと、どうしてこうなったのか、という部分がわかりにくい。
努力が実らないという残酷さ。
本書の優れているところは、
カズの発言が、原型を大切にして長く引用されている点、
また、著者がカズと適切に距離を取り、
安易に礼賛するのでなく、時に批判も交えている点だと思います。

「ドーハの悲劇」からフランスW杯出場に至るまでは、
私をはじめ多くの素人がサッカーに興味を向け始めた時期かと思います。
その時期、本書に記された様々なことを考えながら努力し続けたカズが、
結局W杯に出場できずに今に至っているということは、
我々に努力が報われないこともあるという切ない現実を突きつけると同時に、
それでも夢をあきらめずに努力し続ける素晴らしさを教えてくれます。


キング・カズーは永遠に
 「今頃『カズ』でもないだろう?」という諸兄姉よ、カズこそ現代の日本サッカー界隆盛の源を築いた男である。まさにKingの冠に相応しい。不運にも2度もW杯に手が届かなかったが、もし彼がいなかったら、発足直後のJリーグはあんなに注目されただろうか?その彼を支えていたのは、「W杯出場」という悲願である。本書は、彼のインタヴューと著者の描写で構成されている。カズを「悲劇のヒーロー」と描いていない点がすがすがしい。特に、カズのインタヴューは傾聴に値する。
 まだ読んでいない読者には、カズが現役のうちに読むことをお勧めする。
カズ~ッ!
絶対にミーハー本だと思って敬遠していた一冊。ところがどっこい、真摯な内容だ。カズのプロ精神が伝わってくる。サッカー、いやプロのスポーツプレイヤーはかくあるべきと思わされた。

足に魂こめました―カズが語った「三浦知良」 足に魂こめました―カズが語った「三浦知良」
一志 治夫   文藝春秋   文藝春秋  
サッカーに対する人並み外れた情熱、不屈の精神力にただ感服・・・
 シルバー的な輝きを放ちつつ、今もなお日本サッカー界に大きな影響を与え続ける三浦知良選手。
彼の生い立ちからJリーグの開幕頃までの、情熱的かつ壮絶な生き方について語られている。

 特に心を打たれたのが、高校を中退し一人ブラジルへプロサッカー選手になるべく旅立つという出来事。
 当時では無謀とも思えるような夢を信じ、若干10代半ばで単身ブラジルに渡るという決断力、
サッカー後進国というレッテル、差別に耐え続けながらもついには成功してしまった事。
その不屈の精神力には人間として大きな感銘を受けました。

 この本を読んでから、実際にカズのプレーを見ると、背負ってきた過去の重さから感慨深く感じるようになりました。
私が応援するクラブの敵側に属していたとしても、彼へのリスペクトだけは忘れられません。
カズの強さとは
御存知、サッカー界の「キング」こと三浦知良氏のノンフィクションストーリー。最近では、JIヴィッセル神戸からJ2横浜FCへの移籍、また横浜FCからシドニーFCへの期限付移籍と、枠にはまらずに活躍の場を広げておられるが、カズのその精神力と懐の広さ、そしてサッカーへのひたむきな思いに、改めて多くのファンがカズのすごさを再実感しているような気がする。カズのサッカー人生を語っている本は書籍、雑誌ともに多くあるのだが、幼い頃の話からブラジル留学、そして帰国後までにかけて、本人のインタビューとともに詳しくまとめられているのが、この『足に魂こめました』。本人の言葉がちりばめられており、その時の生活ぶりや心理状態がよくわかる。ものすごい苦労や努力を乗り越えて今のカズがあるんだろうと素直に思える。そして、今のカズの強さが更に更によくわかるような気がする。まだ読んだことのないファンの方には、カズを今以上に好きになれるオススメの一冊。

RISING SUN 2 (2) (ビッグコミックス)
一志 治夫   小学館   小学館   さかもと たけし  

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