島津奔る〈上〉 (新潮文庫) 島津奔る〈上〉 (新潮文庫)
池宮 彰一郎   新潮社   新潮社  
島津義弘
関ヶ原へ至るまでと、敗戦後の撤退がよく描かれている。関ヶ原の戦後は三成逃走に主眼が置かれがちであるが、義弘の逃走も詳細にわかる内容だ。本書では家康が極度に小心者に設定してある点も面白い。通産163作品目の感想。
覚悟を読む
例えば、下巻の話になるけれど、関ヶ原の戦いが終わった後の石田三成の行動などを削ぎ落とし、島津軍の闘いに集中するというように、物語を散漫にするようなら、いくら重要な事柄でも切り捨てて書き進めるというような覚悟を、読みたいと思うなら古本屋に行くなり図書館にいくなりしてこの本を読むべきでしょう。
面白いけれど・・・。
 まあ、訴訟を起こされるのはしょうがないですね。
登場人物の描写や性格が、司馬さんに似てますもんね。
ずーっと読んでると途中で、義弘が島左近と勘違いしちゃいました。
内容は非常に面白いんですけど、関が原も面白かったもんで・・・。
題材自体は島津氏にスポットを当てていて面白いです。
訴訟沙汰にならなきゃ、大河ドラマでもおかしくないです。
でも、やっぱり似てますね。これだけ似てるとさすがにちょっと・・・。
この方の性癖なのですかね?
『その司馬遼太郎氏の訃報を聞く。そのあとに司馬史観の巨大な牆壁が聳立し残った。その牆壁の高さと厚さに、いたずらに逡巡していては、歴史小説の未来はない。更に新しい歴史観の道を切り開かねばならない。それが後人の務めである。歴史小説は、類型で書いてはならない、それが鉄則である。』(義、我を美しく より抜粋)

歴史小説を類型で書かないはずの筆者の作品のはずなんですが

どうにも読後感がよろしくありません。

デジャブーというか、何処かで見たことのある言い回し、表現があまりにも多くて

作品に没入して楽しむことができませんでした。

私はこの作品以外にも、

『平家』『遁げろ家康』『絶塵の将』

等々を読みましたが、すべて同じ傾向。

司馬作品を全て読破してきたものとしては

この作家の性癖に馴染むことはできないようです。


なんと絶版中とは…
タイトルもカッコ良く中味もカッコ良い小説。登場人物全員、とにかくひたすら勇敢で潔い。初読の折にキレイに乗せられてオイオイ泣いた記憶があります。「あり得ん」と斜めに見る気にもなれないところがスゴイ。気持ちの良い講談の世界ですね(←賛辞)。文章にもう少し格調高さがあれば、とは思いましたが、望蜀の嘆ということで。最初から最後までピシリと決っている、立派な作品だと思います。個人的には本能寺の変以降の日本史に暗く、関が原の戦いの経過にも無知だったもので、勉強になって有難かったです。絶版は大変に惜しいと思います。


高杉晋作〈上〉 (講談社文庫) 高杉晋作〈上〉 (講談社文庫)
池宮 彰一郎   講談社   講談社  
選び抜いた言葉により簡潔に描かれる高杉晋作の生涯
 著者の池宮彰一郎の作品はいままで読んだことがなかったのだが、この本を読む限り、日本語の使いまわしに長け(聞いたことのない言葉がいろいろでてくる)そして、文章やセリフが簡潔で、余計なことは言わぬと調子で、テンポがあり、読みやすいのだけれど、個人的にはもうちょっと味のある人物描写や状況描写がほしいと思った。
 この他言無用の調子が高杉晋作からくるものなのか、それとも著者からくるものなのか、さだかではないけれど、こんな調子で本当に人がついてくるものなのかはちょっと疑問だ。歴史的に見ても長州藩の外には一歩も踏み出さないという信念を貫いたことと、維新の前に病死してしまったことが、彼を、西郷隆盛や坂本竜馬ほどの有名人にさせなかったことにつながるのだろうけれど、いかんせん、自分自身の勉強不足もあり、彼がどれほどの人物だったのか、本作品を読んだ後もあまり強くは感じなかったというのが正直な感想である。
 ただ、吉田松陰から始まる尊王攘夷から開国、そして維新にいたるまでの、藩の動きや、列強とのやりとりを学ぶ上では非常によい本だと思う。
高杉晋作
この本のすごいと思うところは、高杉の数々の伝説をことごとくを「ありえない」と一蹴しているところ。しかし、余計な逸話を除いても、高杉の生き様が印象強く描かれている。司馬遼太郎の紀伝体調に通ずるが、むしろ主人公そのものを過剰過小する余地のない文章が登場人物を輝かす好例の作品と言える。
”志”は時代を動かす
若くして才能を開花させながら、明治維新を見ることなく死んで
いった英雄。そしてその名も、坂本竜馬などとは比較にならない程
知られていない。
しかし、その功績はとてつもなく大きい人物。一度読んでこの人物
のファンになった。

吉田松陰の高杉晋作の評価が素晴らしい

 君の詩の才能は久坂に及ばない。理由は、君の詩には”志”がない。

 久坂には強い”志”がある。君は、素晴らしい才能を持ちながら、
 ”志”を持たないために力を発揮出来ない。

”志”とは、人間に磨きをかけ、成長を加速させる。
”志”を持たないために力が発揮出来ていない。
現代の日本人には、このタイプがとても多いのではないだろうか。

 
”志”は時代を動かす
 若くして才能を開花させながら、明治維新を見ることなく死んで
いった英雄。そしてその名も、坂本竜馬などとは比較にならない程
知られていない。

しかし、その功績はとてつもなく大きい人物。一度読んでこの人物
のファンになった。

吉田松陰の高杉晋作の評価が素晴らしい

 君の詩の才能は久坂に及ばない。理由は、君の詩には”志”がない。

 久坂には強い”志”がある。君は、素晴らしい才能を持ちながら、
 ”志”を持たないために力を発揮出来ない。

”志”とは、人間に磨きをかけ、成長を加速させる。
”志”を持たないために力が発揮出来ていない。
現代の日本人には、このタイプがとても多いのではないだろうか。

 
維新回転の魂
司馬遼太郎の「世に棲む日々」と比べて読むと面白い。

司馬の主人公に対する独特の俯瞰的距離感と小説としての面白さに比べ、池宮作品は、様々な俗説の混じる中で史実に迫ろうとする直線的な仕上がりになっている。維新回転は、大きな歴史の流れの中では必然と言えるが、具体的な事象としては、高杉晋作と、彼の持つ「運」や「天賦の才能」なしでは起こりえなかったと納得させられる。

筆に勢いがあり、一気に上下巻を読ませてしまうパワーとテンポ感を持った快作だ。


最後の忠臣蔵 (角川文庫) 最後の忠臣蔵 (角川文庫)
池宮 彰一郎   角川書店   角川書店  
「おのれはひとり生き残るのじゃ。死んではならぬ・・・」
赤穂浪士による吉良邸討ち入りに足軽身分からひとり参加した寺坂吉右衛門は、討ち入りの帰路、大石蔵之助から、脱出することを命じられた・・・。ひとり生き証人として生き抜くことを命じられた吉右衛門のその後半生を描いた連作短編。打ち入り直後、1年後、3年後、16年後を描く計4編からなる。
士分ではなく足軽という一段下の身分であることから来る差別、途中、再仕官や個人的な幸せを掴む道も有り得たにも関わらず、ひたすら孤独に使命に殉じた男の生き様を、著者は硬筆な筆致で描いていく。その厳格な描き様はなんとももどかしく、愛想のなさを通り越し、もっと報いてやってもいいのではないかと感じたほど。
最終章、吉右衛門と同様、大石蔵之助から使命を与えられ討ち入りに加わらなかった男たちの存在が明らかになっていくシーンは感動的・・。
死んでなお影響を与え続けた大石蔵之助の深慮遠謀と、一方で孤独な使命に後半生を殉じた男の生き方が印象的・・。

島津奔る〈下巻〉 島津奔る〈下巻〉
池宮 彰一郎   新潮社   新潮社  
最も熱い歴史小説
つねに死地を貫き巡る島津の漢たちの息をつかせぬ展開に
読んでいる人の胸を熱くたぎらせ、興奮の境地に陥ります。

物語も佳境から始まって佳境で終わるので上下巻といっても
サクサク読みすすめる事ができます。

難点は後半になると区切りごとに話がちょっと戻ったりまとめをするので
最近のTV番組のCMあけみたいで少しイラつきます。

とはいえ、おもしろいのは間違いないので
男の友情、行動的、謀略、危機一髪のどれかにピンときた人は
一度手にしてみる事をおすすめいたします。


受城異聞記 (文春文庫) 受城異聞記 (文春文庫)
池宮 彰一郎   文藝春秋   文藝春秋  
「司馬史観」脱却を志す作者の傑作短編集。
「島津奔る」「四十七人の刺客」「信長」などの長編で知られる「司馬(遼太郎)史観からの脱却」を志す作者による90年代の短編集。

理不尽な幕命に従って厳冬の北アルプス越えに挑む加賀大聖寺藩士二十四人。次々に殉死し、僅か三人になって山越えを成し遂げた彼等を待つ過酷にして皮肉なな結末は?
佐々成政の「さらさら越え」にも匹敵する雪中行を描いた表題作を始め、猛将福島正則の生涯を描いた「絶塵の将」、家康と茶屋四郎次郎とのおかしな因縁「おれも、おまえも」、ミステリー仕立ての汗握る中篇「けだもの」など、長年脚本家として慣らした作者の手腕を遺憾なく発揮した傑作時代作品集です。

島津奔る〈上巻〉 島津奔る〈上巻〉
池宮 彰一郎   新潮社   新潮社  
腹を決めた生き方
島津側から関ヶ原を描写し、しかもダイナミックな描写に思わず引き込まれました。
島津(薩摩)武士の腹の決まった生き方に共感を覚えました。その生き方=ありようが、倒幕(明治維新)にまで受け継がれていたのだと思います。

ただ、他の作家との類似点が指摘され絶版になっているのは本当に残念ですが。


本能寺〈上〉 (角川文庫) 本能寺〈上〉 (角川文庫)
池宮 彰一郎   角川書店   角川書店  
戦国時代狂
信長小説の中ではそれほどおもしろくない。数多い信長作品を読みなれると感動がない。歴史小説133作品目の感想。
凛とした文章がすがすがしく、信長フアン向け
時代小説好きで、このところやたら藤沢周平、池波正太郎、佐伯泰英、と読み進めてきて、
またちょっと、小説ではなく、史実にある人物のものを読みたくなった。
今更司馬遼でもないかなと、久しぶりに池宮彰一郎の本書をとった。
「四十七人の刺客」の時に感じた、テンポの良い話しぶりが、信長の行動にマッチして、
これまでいろんな人が書いている信長ものと、また違う色合いを見せている。

巷にて喧伝されている信長の残虐性、傲慢さをどう料理するのか、興味深いところだが、
これが信長の考えかどうかは別にして、なるほどこういう解釈もあるのかと言う点で(従
って一つの仮説とみれば)、新鮮で面白い。池波の凛として文章が、よく似合う。
どの道、当の信長の気持ちそものはわからないのだがら、整合性よく、一つの池宮の解釈
として触れていけばいい。

信長、秀吉、家康の3人に対しては、フアンが別れる。
いろんな意味で信長フアンであれば、これはまさしく痛快。天才信長の面目躍如だろう。
信長が最終的に目指していたものは?
 賛否両論あることを知りつつ、一息に読了しました。
 織田信長が編み出した独自の軍制、浅井・朝倉らの包囲網といかに戦ったのかということなどは大いに学ぶ価値があると思いますし、その解説なども分かりやすいです。

 本書の問題点はやはり、織田信長が目指していたものに対して、筆者・池宮彰一郎がかなり強い固定観念を持っていることです。「……などには信長の理想は理解できない」と断罪する記述を見るたびに、「ならば筆者のあなたは理解できているのか?」とつっこみたくなります。英雄・織田信長と彼の理想が本能寺に消えたからこそ、日本人は彼に想像をめぐらせることをやめないと思うのですが……。
 次の問題点は、筆者が記述する信長の理想社会。ローマ史を学んだ人ならば「えっ!?」と思うはずです。織田信長の理想社会は、かぎりなく共和政ローマの政治体制の日本版に近いのですから。
 なかなかの良作ではあるのですが、読まれる際にはこれらの点に注意されるべきかと。
駄作
信長を賛美しすぎ、かつ信長以外の者を過度に低く描いており、
まったく共感ができなかった。
○○ごときには信長は理解できるはずがないとか、
何の根拠もなく人を極度に低く評価するかと思えば、
何の根拠もなく信長の考えはこうであったと、いやに理想主義を言い出す。
正直、下巻の真ん中ぐらいで読むのを止めました。

また、作者の考えを読者に強制する箇所が多く、小説というよりも論文と言った方がいいのではないか。
小説なのだから、その人物の行動の評価はある程度読者に委ねなければ、読んでいて疲れてしまうのではないか。


天才
信長に魅力を感じる、その行動、思考パターンに魅入られる原因の1つに、
「現代」に語り継がれる彼の記録に、「謎」とされる部分が多い、
私は、それが少なからずウェイトを占めていると思う。

彼ほど、戦略的にも、経済的にも、
日本史に例を見ない革命を起こしているにも係わらず、
短気であるとか、激昂しやすいとか、短兵急であるとか、残虐であるとか、
他の、その時代の武将、大将に比べて、
ネガティブな評価、イメージを持つ人も多いと思うが、
彼ほど頭脳明晰で、私個人としては、「日本史」において、
唯一、「天才」という形容詞を与えるべき人間と思う人物が、
「何故?」と思う行動をしている事に、かねてから疑問を、そして、
今に伝えられる信長の行動、動機の真偽に、非常に高い関心を持っていて、
これは、「信長」に興味を持っている人ならば、誰でも同じとも感じている。

天才の行動、思考、判断を、凡人が理解、納得することは、
そもそも無理なのかも知れないが、せめて、
筋道の通る理解がしたい、かねてから、そう感じている。

400年以上も前の出来事の、「真実」を知る事は不可能に近いが、
凡人としての、低度の邪推を抜き、その前後に起きた事実、
そして、信長の抱いていた「理想」から、正しく推理すると、
彼の一連の行動の真実が、本当の動機が見えてくる。

同書は、今に伝えられる信長の奇行等が、
著者の、いわば善意的な解釈で解説されているが、
それには、説得力がある、と感じた。

読んでいて、「なるほど」と感じる解釈、理解をしている。

特に、クライマックスの「本能寺の変」では、
天才信長が抱いた「理想」と、当時の一般的な凡庸武将の乖離、
いかに、頭脳明晰であった光秀でも、信長の理想を理解し、
また、それを継ぐ能力に欠けていた、
信長の最大の課題は、自分と同じ能力、才能を持つ人間を、
当時、見つける事が出来なかった事なのだ、と、
本書を読み感じた。

歴史は、ひとそれぞれの解釈が出来る、また、それが歴史の魅力でもある。
倒したモノの立場、倒されたモノの立場、それぞれの解釈がある。

ただ、日本史において、100年先、200年先を考え、為政者たろうとした天才は、
やはり、信長しか、未だに居ないのではないか、
つくづく、それを再確認した。


高杉晋作〈下〉 (講談社文庫) 高杉晋作〈下〉 (講談社文庫)
池宮 彰一郎   講談社   講談社  
極論
「明治維新は坂本竜馬が10名いても成立しなかった」作者は言うが、晋作を持ち上がる上での言葉としても、いささか極論であると感じる。
なぜ龍馬が晋作より人気なのか?
それはやはり藩の枠を超えられるか否かによるものだと思う。
世界視野の龍馬に対し、晋作はあくまで長州にこだわった。
その破天荒さは魅力なれど、その実は忠義を尽くすまじめな男であった。
本書は独特の文体で読ます力はあるが、どこか物足りなさを感じさせる。


太く短く生きる。
よく「俺は太く短く生きたい」という言葉を耳にしますが、そのような生き方にどれだけの犠牲を払わなくてはいけないのかが高杉晋作の生き方を見て分かります。この本では高杉晋作にまつわる俗説をより史実に近い形に訂正することにより、よりリアルな高杉晋作像が浮かび上がっています。
自ら「面白きことも無き世を面白く」と詠んだ詩に代表される高杉晋作の生き様と、「動けば雷電のごとく、発すれば風雨のごとし」と表された彼の行動力がいつまでも人を魅了します。
明治維新は坂本竜馬が10名いても成立しなかったと本書に書いてあります。
確かにその通りだと思います。幕末の長州藩に高杉晋作という一人の天才がいたことに我々はいくら感謝してもしすぎることは無いと思います。
”志”は時代を動かす
奇兵隊とは、武士にこだわらない軍隊。
江戸時代の階級社会で、この軍隊を創設し、長州最強の軍隊に育てる。
そして、彼の構想はただの反乱に留まらない。
藩を動かし、国を揺さぶる。
”革命”とはこういう動きをいうのだろう。

この人物に浸っていると、毎日を平凡にのんびり生きるのが嫌になる。

毎日を精一杯生きてみたい。

自分で自分の成長に驚く日々を過ごしてみたい。

  おもしろき
  こともなき世を
  おもしろく

私も、同じように生きたくなった。
”志”は時代を動かす
 奇兵隊とは、武士にこだわらない軍隊。
江戸時代の階級社会で、この軍隊を創設し、長州最強の軍隊に育てる。
そして、彼の構想はただの反乱に留まらない。

藩を動かし、国を揺さぶる。
”革命”とはこういう動きをいうのだろう。

この人物に浸っていると、毎日を平凡にのんびり生きるのが嫌になる。

毎日を精一杯生きてみたい。

自分で自分の成長に驚く日々を過ごしてみたい。

  おもしろき
  こともなき世を
  おもしろく

私も、同じように生きたくなった。


義、我を美しく (新潮文庫) 義、我を美しく (新潮文庫)
池宮 彰一郎   新潮社   新潮社  
薄いが重厚な
それほど厚みのある本ではないんだけど(250ページ弱)、重厚な印象が残った。
なにより、胸を打つ言葉が多くあり、十分に年をとってから作家となられた池宮氏の人生の厚みを感じさせる話であった。

一読して、更に読み返す。
そうして考え、記録し、更にまた読み返す。そういう種類の本であると思う。

もうすぐ未来の日本には居なくなる世代達の想い
私は今80歳以上の方とできるだけ話を伺う事にしている。
失礼だがもう間もなくこの日本からいなくなる人達だから。
戦前の教育やしつけをしてこられた方達は、私のように戦後教育を受けた人間とは違う、品格がある人が多い。
著者もその一人である。名文「段々畑の唄声」を読んで涙しない者は、私は人間を語る資格なしと思う。
「いのち美しく」「顔について」など著者が今の日本という国、そこに住む日本人というものが何なのか?と問いかけているように思える。
「関が原合戦四百年に思う」を読み、反論できる人間がどれ程いるだろうか?
「精神の高邁」これは日本人一人一人の自覚である。残念ながらベストセラーに「精神の高邁」さを謳いながら、一人合点をしている物もあり、
またそれを読んで「底の浅い愛国心」を持つ者が多い事も慙愧に耐えない。

遁(に)げろ家康 (上) (朝日文庫) 遁(に)げろ家康 (上) (朝日文庫)
池宮 彰一郎   朝日新聞社   朝日新聞社  
小心者家康と家臣のサクセスストーリー
家康が、家臣団に支えられ、運命に翻弄されながら
成り上がるサクセスストーリーです。

戦国の覇者家康が小心者として描かれており、
ともすれば家臣に操られながら、
ともに「家」を成長させていくさまには
小説に書かれる従来の家康像にはない面白さがあります。


本作は司馬遼太郎「覇王の家」との類似点が指摘され絶版回収となっています。

池宮氏本人は相当に司馬氏を深く尊敬し相当に影響を受けていたようです。
音楽の世界などでも大好きなアーティストとコード進行や
メロディが似通ったりするものも多々ありますが、
それでも似た中にも自信のオリジナリティが光る珠玉の名作は多々あるのも事実。

悪意を持ってまねたのならともかく、当人が深く尊敬し、
好きが高じて似通ってしまった部分があるなら、
我々読者としては両作品ともに味わい楽しむくらいの趣が欲しいもの。

細かく検証されているサイトもありますが、
無粋だなと感じるのは、私のひいき目でしょうか。
似てると言っても別段、微に入り細に入り同じなわけでもないわけですから。


なにがどうあれ、本作自体は大変面白い作品です。




求む!
司馬さんの「覇王の家」が下敷きなのは確かでしょう。でも、歴史的司馬作品と活写的池宮作品とはやはり趣が違う、と思うのは私が池宮ファンだからなのか・・・
おもしろきことを目的にえがかれた作品、ゆえに「覇王の家」の「勉強になりました」という読後感とは異なる。『とてもおもしろかった』それでいいではないか、大切なことではないか。
ならないかなぁ。

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