食卓の情景 (新潮文庫)
池波 正太郎 新潮社 新潮社
何回も読んでます
タイトルが、まさにこの本の全てを物語っています。単なる食べ物や食べ歩きのエッセイではない、食べ物を通しての作者の自伝です。
出てくる食べ物のほとんどは、普段我々が慣れ親しんでいるものばかりですが、それにまつわるエピソードの豊穣さといったら、正直うらやましいなと思ってしまいます。毎日食べるそのものについての思い、または一緒に食事する家族や仲間との会話、そのひとつひとつが生きていく上でとても大切なのだという事を、気づかせてくれる一冊です。
いいエッセイだな
池波正太郎の描く昭和の世界観は最高です。出てくる食べ物が全ておいしそうに描かれています。そしてその料理を提供する人達も素晴らしい哲学を持っています。作り手がすばらしくないと、その創作物の料理は美味しくなるはずが無いのですね。作り手だけではありません。そこで働く人達全てが美味しい料理を目指さないとダメなわけです。昨今の食品の偽装問題は根本がそこにあると思います。お店全てで美味しい料理を作ろう、と意識していないわけです。
その視点で、本作ではトンカツ屋さんの「とんき」の話が心に残りました。
少し食べ過ぎだったかも?
小説も面白いけれど、「食」のエッセイも文字通り味わい深いですね。読んでいて呆れるくらいの細かな料理の記録に唖然としました。育った戦前戦後の体験もあるのでしょうけれど、ここまで食べることに拘った人生に驚く。読んでいると、関東の方らしく濃い味付けのものを好んだようですね。全国津々浦々では無いですが、そこへ行けば食べてみたいという店が沢山紹介されていますので現存していれば食してみたいものですね。
でも、こんなに美味しいものを3食毎日沢山食べて、呑んで、更に13歳から煙草も吸っていたなんていうと豪快な筆者の人柄を羨望するよりも、これでは体が持たなかっただろうなと思いました。68歳での急逝も仕方なかったか・・・。
男だなあ
たまたま喫茶店においてあって、なんとなくめくっていたらすっかりとりこになり、後から探して読みました。あの時代の男性のダンディズムが、今だからこそいっそうしみます。
昭和の香り漂う食についての秀逸なエッセイ
池波正太郎氏の素晴らしい文章で綴られた、秀逸なエッセイです。
読み進めていく内に、その食、その地方、そのお店、そこの人々の情景が
思い浮かばれる筆致に、何度も唸りました。
このような文章を読むにつけ、日本語の素晴らしさを再確認するとともに、
旧きよき昭和の日本を思い出します。逆に、現代日本が失ったモノの大きさ、
多さも実感します。
食についても、名実伴った名店も登場し、地方色豊な名品もあり、家庭料理
についても事細かに記述されています。食を通じた、池波氏の人生の縮図を
一気に読み進めることができたような気がします。装丁やイラストも池波氏
の手によるもののようで、とても温かい感じがいたします。
心が疲れた時に、何度も読み返したい、そんな名品ではないでしょうか。
男の作法 (新潮文庫)
池波 正太郎 新潮社 新潮社
緒形拳さんが手桶贈ってくれると書いてあったのはこれでした
いま読みかえとと、かなり古くさい印象なんですが「確か、緒形拳さんが毎年、桶を贈ってくれたというような話があったよな…」と思って読み返していたら、ありました。
《緒形拳が風呂の手桶を贈ってくれるんだよね、毎年、ぼくのところに。あれも考えているんだね(笑い)思いつかないよね。暮れに毎年贈ってくれる。風呂の手桶って年中使っているものだから、一年ぐらいたちつタガがはずれたり、くさってきたり、辺になってくるわけだ。それで緒形も風呂桶がいいと思うんでしょう。これなんか変わった贈り物の一例だろうね》
というのが89頁の一節。緒形拳さんは新国劇のスターでしたが、辰巳柳太郎と島田正吾の二人の元スターとの確執の末に退団してしまいましたがその新国劇の脚本を多く書いて師匠でもあった長谷川伸さんに体操を教えてもらったとか、「そんなエピソードもあったな」と思い出しました。
《コップに三分の一くらい注いで、飲んじゃ入れ、飲んじゃ入れして飲むのが、ビールの本当にうまい飲み方なんですよ》(p.175)
なんてあたりも懐かしかったですね。
文教堂カリスマ書店員とやらに鉄随を!
この本の素晴らしさについては、他のレビュアーの方々のおっしゃるとおりで、私からとくに付け加えることはない。
学生時代(もう30年も前の話だ)からの、「座右の書」でもある。
ではなぜ今回わざわざレビューを書くかというと、雑誌「一個人」の「人生、最高に面白い本」特集号で、文教堂書店のカリスマ書店員とやらが「池波先生の本は「男の作法」など発掘してきましたが云々」などと、恥知らずにも自慢げに話していたからだ。
おいおい、名著「男の作法」は、別にあんたらが発掘したわけでも、ベストセラーにしたわけでもない。
多くの池波ファンをはじめとするまっとうな男達が、この本の真価を認め、数多く購入したんだよ。
勘違いもいい加減にしてほしい。
おれは金輪際、文教堂では本は購入せんぞ。
昭和の匂い
最近は、如何に金を貯めるか、老後資金をどうするか、仕事のマニュアル本、等々の本がいろいろ出ているが、それらの本とは全く考え方が違う。
何と言うか、抽象的な言い方をすれば昭和の匂いがすると言ったら良いのか。
人間というものは画一的ではないし、数式で割り切れるものでもなし、だからと言って、放っておいて良いわけでもなし、愛というそんな簡単な表現で接するものでもなし、そんなものひっくるめてそれが人間なのだ、という懐の広さがある。
そんな著者が様々な場面での著者の感じていることを書くエッセーで、全てをまねしようとは思わないし無理だろうが、考え方を学ぶには非常に良いと思う。
多くの点で、なぜ、このようにすべきなのかを理詰めで説明しており、有益。
・ 私に真偽の確認が出来ないところは一部あるが、かなり多くの点は理詰めで説明されており、有益。例えば、(1)東京で蕎麦は先だけしかつゆに付けないことが多いが、それはそばつゆが濃いため。(2)トロばかりを鮨屋で食べるものではない。それはトロでの利益は薄く、他の鮨と組み合わせて採算をとっている鮨屋の立場を考えるべきであるため(現在でもそうであるかどうか私は知らないが、店の立場を考える点が必要なのは今でも同じだろう)。
・ 仕事の段取りについて詳しく説明している。鍼の治療を受ける間に小説の構想を整える、取材旅行の前に、体調不良になるのを見越して多めに原稿を書いておく、など。
・ 他にも含蓄のある説明がある。人のいやがる仕事をもっと進んでやる、身銭を切ることの有用性など、人間性に関わるところが参考になった。
・某料亭の件の後に読んで興味深いのは、食べきれないと思った場合は料理に手を付けずに下げてもらう、誰が食べたっていいわけだから、との趣旨の意見(P.83)。昔はこういうことは容認されていたのかもしれない。まあ、刺身まで別の客に出すとは池波は想定していないだろうが。
時代を超越した男の作法を味あわせてくれる、人生の教科書。この値段で買えるなんて、安い。
タイトルにいつわりの無い素晴らしい内容のエッセイ集。
僕にとっては座右の書として、常に身近においておきたい本だ。
若い編集者に向けて、毎回ねたを決めて(例えば、寿司の食べ方とか、酒の飲み方とか、家の建て方とか)語りかけていくのだが、その内容がとてもすかっとしていて、参考になる。
著者も言っているのだが、時代が変わってきているために、今では機能しないような部分もあるのかもしれない。
しかし、自分が読み進む限りは、まったくそういったところは感じなかったし、いつまで経っても変わることの無い、日本の男の作法を包括して世界観を味あわせてくれる、こうなりたいと思わせてくれる素晴らしい人生の教科書だと思う。
むかしの味 (新潮文庫)
池波 正太郎 新潮社 新潮社
旨いものを食べたいなら、ぜひ一読を勧めます。
池波正太郎の、食事に関するエッセイが大好きだ。
この本もとてもいい。
きちんとした仕事をする人を、暖かい目で見て、きちんと評価する。
味わいについては、ぐだぐだ言わない。基本的に「旨い」というだけで。
今のテレビにおける味わいの解説っぷりとは、まったく違う。
それでも、筆者が「旨い」というものは、食べに行きたくなる。
本人の絵も見ることが出来て、それがうまくは無いとは思うのだけど、いい味が出ている。
また、暇なときに、何か食べたいときに、ぱらぱら見る本だと思う。
これこそ決定版。
著者の「食」エッセイで最も優れた本ではないでしょうか?「食卓の情景」のように目が廻るくらいの店の思い出話も良いのですが、20ちょっとのお店の紹介とそれにまつわる自身の思い出話が粋で素晴らしい。この歳になって店名も場所も知っているのに、今まで一店も行ったことが無いのが恥ずかしかった。神田界隈で5年間も働いていたのに・・・。竹むら、まつや、万惣、新富寿し、たいめいけん、煉瓦亭、東京に戻ったら是非行ってみたいと思った。札幌にイノダの喫茶店があるのが判って嬉しかった。早速行ってみようと思う。
池波氏、このときすでに体調が思わしくなかったのか?「歳のせい」で食が落ちていることを書いているが、まだ50歳後半だろう?もう少し体に気配りされていればと思う。残念だなぁ。
各料理のカラー写真とお店の住所が丁寧に載っているのには驚いた。素晴らしい出版社の心意気である。
「食」を通して描かれる池波氏と昭和の人々の艶やかな生き様
この書を、単なるグルメ本と期待していたら、肩透かしを食らいます。
食についての拘りについて当世随一であった池波氏が出会った食べ物、
店、そして人々。それらが、池波氏の鮮やかな筆致で、生き生きと
描かれており、読むにつれ、その店・人、それぞれの情景が目に浮かぶ
ようでした。いかに、心が豊かで、落ち着いた時が流れていたのかを
しみじみと感じ入りました。
懐かしい昭和の時代を匂いを感じつつ、優れた日本語のエッセイを
読むことの出来る幸せを、かみしめながら、味わえる、ライトで
秀逸な本ではないでしょうか。
思い出の味
1984年に出た単行本の文庫化。
池波正太郎を読むのは初めてであり、期待して読み始めたが、案外な出来であった。 幼少時から最近までの、お気に入りの店や記憶に残っている食べ物について書かれたエッセイなのだが、いまいち物足りない。というのも、描かれている食べ物の美味しさが伝わってこないのだ。これは食べ物エッセイとしては致命的だろう。
それから、思い出話が独りよがりで自己完結的。
ただ、個性的な人に筆が及ぶと、俄然、面白くなる。松鮨の頑固な店主とか、資生堂パーラーの少年ウェイターとの友情とか。エピソードに人情味があり、人物も生き生きとしている。なるほど、池波正太郎の魅力はこのあたりにあるのかと確認させられた。
昭和を感じる一冊
池波先生の行きつけのお店は、本を読んでみるといってみたいお店になります。
特に気になったのは「どんどん焼き」。
これは縁日などに出る屋台のなつかしの味のようですが、もんじゃや お好み焼きと違った食品(巻頭にカラー写真あり)。
ノスタルジック昭和を今の方にも感じてもらえる一冊です。
剣客商売 (新潮文庫―剣客商売)
池波 正太郎 新潮社 新潮社
最高のチャンバラ物、秋山父万歳
これほど痛快な話はない。鬼平さんよりこっちが好きだ。何の権力も持たないただの小柄なおじさんがバッタバッタと悪者を倒していくのだ。あと、何かと不当な扱いを受け続けている田沼意次の書き方がいい。そんな悪いヤツでもなかったんですぜ、皆さん。池波作品であるから、相変わらず美味しいものもいっぱい出てくるし、これは絶対にお勧め、読まないと損する。
余談だが、この間、電車の中で茶髪にピアス、制服を着崩した高校生の兄ちゃんが熱心な顔して読んでいるのを見て、おばさんはとっても嬉しくなってしまった。人間、見た目で判断はできないね。
傑作シリーズの第1作
江戸時代を舞台にした小説は数あり相当数を読んできたが、個人的にもっとも好きな作品はというとこの池波正太郎の「剣客商売」シリーズとなる。
全巻そろえており、既に何度か通読しているが、結婚式で遠出することになり電車のお供に久し振りに読み返してみたが、やはり面白い。
面白い要因は沢山ある。
1.登場人物が魅力的である。主人公の秋山小兵衛と息子の大治郎と二人を囲む女性など味わいがあって魅力的な人物ばかりだ。
2.ストーリーが面白い。短編集の集まりだがどの作品も完成度が高くて楽しめる。
3.文章にまったく無駄がない。簡潔できびきびした締まった文体で何のストレスもなくすらすら読める。
4.決闘シーンの迫力が尋常ではない。主人公が二人とも剣術使いのため、必然的に決闘シーンが毎回といってよいほどあるが、二人の痛快までな強さが見事に描写されている。
1巻だけと思ったが、2巻目も手にとってしまった。また全巻を読み返すことになりそうだ。
買い直し
あぁ〜〜剣客商売&鬼平犯科帳&仕掛人梅安シリーズの全巻を買い直ししちゃいました。だって全部古くなったのと読み過ぎてボロボロになっちゃったんです。
でも、それほど好きな本です。生きている限り何回でも読み直すんだろなぁ〜〜(笑)
珠玉の時代劇小説にハメられました・・・
数多のレビュアーの方々が仰っている道を、正に魅入られたようにハマッて行く
自分に、一種心地よさを感じさせる・・・そんな傑作シリーズの第1巻です。
齢60目前に、息子よりもはるかに若い妻を娶った老剣豪、貧乏ながらも己の道を
歩む愚直な青年(老剣豪の息子)、そして、その時代の寵児田沼意次の妾腹の愛娘
(凄腕の若剣豪)らが中心となって織り成す時代劇。
流石新国劇の黎明期を支えた名文筆家である池波氏、情景豊かな表現で、読者を
惹きこんでしまいます。これからの展開がとても楽しみになってしまい、夜も
おちおち眠ることができなくなってしまいます。すっかり禁断症状になってしまい
ました。
シリーズ最終巻まで読みきる覚悟が必要な(?)、そんな第1巻ではないでしょうか。
“引き込まれる”小説
以前、戦国時代の通史のような物を著者の筆で読んだことがあったのだが、そのときは特に面白いとも思わなかった。ただ、それ自体小説ではないような所もあったので、実質この作品が自分にとっての初めての池波作品、時代小説になる。感想を頭に持ってこさせてもらうと本当に面白かった。読む以前からあまり剣豪小説や捕物帖にステレオタイプ化したものを感じていていい印象を抱いておらず、何となく時代小説を代表する作品としてしかこの小説を意識していなかったが、この本を読んで時代小説の魅力を知り(古本屋で)あわてて代表的な時代小説を買いあさることになった。
基本的に一話完結(一章?)。話の骨格を挙げておけば、無外流剣法の達人秋山小兵衛とその息子大治朗の活躍劇を描いた剣豪小説。そのほかにも田沼意次の娘で小兵衛を慕う女武者三冬や小兵衛の妻など、魅力溢れる人物が数多く登場する。読書家を自負する自分だが、ここまで親しみを感じる人間味の溢れた登場人物はなかなかお目にかかれない。
読み始めこそ、時代小説にしては口語体に近い文体に違和感をおぼえたり、『都合が良すぎないか』『主人公達が強すぎで物語として成立してないんじゃないか』といった感慨を抱いたりすることもあるだろうが、そのまま読み進めていると全くそういった矛盾点(?)もまったく気にならなくなってくる。
興奮する戦闘シーンがたくさんあるわけでもない。しかし、この小説はものすごい牽引力を持っている。一冊止まりではすまされない、という他のレビューアーの方の意見は全く間違っていない。懐疑派の自分でさえ、2巻目に手をかけているのだから、興味のある方は一瞬で夢中になってしまうと思う。もちろん興味のない方にもお勧め。
おもしろくて、ありがたい (PHP文庫)
池波 正太郎 PHP研究所 PHP研究所
池波氏の人生観がわかる本
人は、死ぬところに向かって生きている――人間を「有限の生命体」と捉え、絶えず、生きることのはかなさとおもしろさを作品に刻みたいと言い続けた池波氏。そして、一つ一つの言葉にどこまでもこだわり、作品を作り続けた池波氏。
これは、そんな池波氏の残した膨大な小説・エッセイ群の中で、「人生と処世」「男と女」「歴史のドラマに学ぶ」など、テーマ別に言葉を選りすぐって編んだ箴言集です。
「人間の心の奥深くに人間の本質を見出すことができる」という池波氏の、人物像、作家としてのこだわりが窺える一冊です。
池波正太郎のそうざい料理帖 (深夜倶楽部)
池波 正太郎 平凡社 平凡社 平凡社
酒飲みの幸福な道楽
酒飲みにとって最高のそうざいは小鍋立て。だれでも簡単に作れる。小さな鍋を用意し、材料を二、三品、いまなら豆腐、春菊、鰤の切身。小鍋に昆布を入れ水を注ぎ、沸騰したら酒を適量加え、さっと塩を味をととのえる。そこに好きな食材を一品だけ、たとえば豆腐なら豆腐を一口、二口分いれ煮えたころをみはからって食う。食い終えたら今度は別の具をやはり、一口、二口分加え、煮えごろを見計らって食う。一時間、二時間、秋の夜長をテレビでも見ながらゆっくり、じっくり季節の味を楽しむ。もちろん酒も……。独りでも好し、もちろんいい女と二人ならなお好し……そんな男の酒の快楽を教えてくれる、極上の一冊。
鬼平犯科帳〈1〉 (文春文庫)
池波 正太郎 文藝春秋 文藝春秋
今も色褪せない鬼平
うーん、原作もこれほど面白いとは。
中村吉衛門のドラマは何度かみたことがあったし、ドラマも面白いと思ったが、小説は小説で作者の世界観を強く感じることができるのと同時に、ドラマを文字で読んでいるような感覚になる。
初刊だけに、長谷川平蔵の生い立ちや若い頃のやんちゃぶりまでが分かったのも興味深い。
そして、鮮やかな捕物劇と人の心の描写が巧みに絡み合って、物語を重厚かつ深いものに仕上げている。
時代小説の中では、かなり劇調に描かれているので、展開が大きく、登場人物も大物が多いので、飽きが来ないのがよい。
今から四半世紀以上も前の作品なのに、文体は古臭くなく、ついこの前書かれたのではないかと思うので、違和感なく読むことができる。
むしろ、今時の小説とも思えるくらいで、すぐに次の巻が読みたくなる作品となっている。
ようやく読み始めます。
丁度、著者が40歳半ばから書き始めた小説なので、私も今くらいから呼んでいったほうが良いかもしれない。若い人にはあまりこういう大人の感覚が上手く掴めないかもしれない。宮部みゆきなんかの江戸物を読んで寛ぐ気分になるのとは少し訳が違うね。男の書く文章で骨があります。固いけど包み込まれるような包容力とでも言うのでしょうか。色もあって大変面白いし、池波正太郎は私の亡くなった父親の3歳上なので何か懐かしい気持ちで読めました。この時代の男たちは頑固というか一途というか、たいしたもんだねぇ。見習いましょう。
中毒性あります
きっちりと各話でストーリーが完結している。
エピソード(事件)は同時進行していることがあるが、
その場合は各エピソード毎に話を分けているので、話の焦点が散漫にならない。
読み手が、情報の処理にストレスを感じないですむようになっている。
以上のような理由で、疲れずリズム良く読み進んでいける。
事件モノだが、張り巡らされた伏線を回収していく、
カタルシスを感じるような構造になってはいない。
物語上の未来に焦点がある「ミステリー」ではない。
逆に、「あの時、こんなことがあった」というように
過去に焦点をおき、ストーリーが展開されていくことが多い。
24巻まであるので、気をつけないとしばらく生活に支障が出ます。
意外だったなぁ
池波正太郎の作品では、「剣客商売」、「梅安」、そして「鬼平」シリーズ。
さすが、評判の鬼平シリーズ。これは、一冊目からすーっと、入る。
剣客商売ほど生活とか家庭とかが見えるワケデハなく(時にほのぼの)、梅安シリーズのような殺伐さはない。
で、僕はてっきり鬼平が、ばったばったと悪を斬る!なんて話しかと思っていたんですね、実は。
ところがこれは結構違う。
どこがどう違うかと言うと、むしろ鬼平に追われる、鬼平が斬るべき相手である、盗賊、泥棒のたぐいにより多
くのページが割かれ、彼らの人となり、思い、その人生が深く語られている。
確かに鬼平は活躍し、悪を斬るんだけど、時に鬼平は舞台回しのような感じ、あるはトリを引き受けて幕を閉じ
る役。
うーん、これは意外。
ま、これからシリーズが進むともっと鬼平が前面に出てくるんだろうけど。
多分あれかな。鬼平が使うスパイとも言うべき男達。彼らは元盗賊で、何かの縁で、鬼平を助ける事になる。
きっと、彼らはこれからこのシリーズを飾る大事な登場人物(脇役)になるんじゃないかな。
だから、そんな彼らはいったいどんな人物で、どういういきさつで鬼平のもとで働くようになったのか。今後の
シリーズの展開のために、そんな脇役をうまく登場させるには、彼らを語らなくてはいかなくって、だからその
周囲にも話が及ぶと、これがことごとく悪者、盗賊だから、勢いそちらの話に偏った気がするのかもしれない。
ま、そんな彼ら、そして盗賊達のなんとも人間味溢れる様子。
鬼平もただ「鬼」だけではなく、そこはしっかり人情味ある、笑いあり(あんまり多くはないが)涙ありの、時
代物のツボが実によく押さえられ、飽きない。
私事ですが、剣客商売があと残すところ1冊になったから、これはありがたい。長いシリーズで嬉しい。
これでまた当分楽しめます。
時代劇とはこんなにすばらしいものだったのか!
自分はまだ20歳です。若い人は「時代劇は古臭い」と嫌煙しがちですが、そんな人にはぜひ、読んでほしいです。どんなケータイ小説にもライトノベルにもだせない味わいが「鬼平」にはあります。僕はこれを読んで「時代劇はこんなにおもしろかったのか」と驚きました。現代には無くなってしまった人情。そして人生の切なさも、全てが詰まっています。
よい匂いのする一夜 (講談社文庫)
池波 正太郎 講談社 講談社
内容は良いのに…
ちょっと字が小さくて読み辛いですね少し。
そのせいか他のエッセイ類に比べて読んだ印象がカタい気がします。
ちょっとページ数が薄いせいもあって読後感想が弱い一冊。
だが内容は流石氏のエッセイ。
文章が非常に判り易く巧い。流れるようだ。
字を大きくして少し厚めに編集し直す。
そうすればもっと読み易い一冊になるだろう。
他社はやってますが。見習う謙虚さが欲しい。
非常に惜しい一冊。
星三つ。
宿で出あった素晴らしいひとびとについて描いたエッセイ集です
著者自身が冒頭で「この1巻を旅行の案内書のようにお読みにならず、私の随筆集としてお読みいただければ幸いである」と述べているとおり、著者のエッセイは、食エッセイであれ、宿エッセイであれ、食や宿を題材にしているだけで、そこで一生懸命に働くひとびとの生き方を主軸にすえているため、鬼平などの小説と同様、味わい深い小説を読んでいるような気分にさせてくれる所が
魅きつけられる理由ではないでしょうか。この1巻も著者が泊まり歩く中で、著者の記憶に残った名もないけれども素晴らしいひとびとの姿とその宿が描かれてあり、味わい深いエッセイになっています。また、宿は全国各地に散らばっていますので、各地の紀行を知ることができるのも楽しいです。
池波正太郎の通った宿
池波正太郎の書く文章はよい。自分がまるでその場所にいるかのように錯覚してしまうようだ。この本は池波正太郎が原稿の執筆のとき等に利用したいろいろなホテル・旅館について記したものである。山の上ホテルや富士屋ホテルなど有名なホテルから、隠れ家的な宿までさまざまなタイプの宿が載っている。そこで出される料理や、そこで働く人々の様子などが思いやりのある表現で書かれている。
おとこの秘図〈上〉 (新潮文庫)
池波 正太郎 新潮社 新潮社
散歩のとき何か食べたくなって (新潮文庫)
池波 正太郎 新潮社 新潮社
「グルメ本」にあらず
食べ物を描いているのではなく、「人」と「街」を描いているのだと思う。
食のうんちく(もなくはないが)ではなく、そこに込められた「想い」を。連なる街並みを。
これを読んで「この店、行ってみたい!」とは思わない。
文字でじっくり、池波正太郎というフィルターを通した「昭和」を感じるのが、
この本の正しい味わい方のような気がします。
ある店のことを書いていたかと思ったら、「そういえばこんな店もあった、あんな店もあった」と話がけっこうとびがちなのがまた、「散歩」っぽくて良いところ。
似たような話
1977年に平凡社から出た単行本の文庫化。
『食卓の情景』に次ぐ、著者の二冊目の食べ物エッセイ。『食卓の情景』は未読なのだが、三冊目の『むかしの味』と重複する内容が多いのが気になった。おそらく、三分の一はかぶっているのではないか。
たぶん、気に入った店に通いつめるタイプの人物なのだろう。そして、店の主人やウェイターと関係を築いていくのが好きなのだろう。ただし、その関係はベタベタせず、必要以上に親密なものにはならない。そして、その距離感の中で描かれる人間が魅力的なのである。
どんな文章であれ、人間を描くことの上手い作家なのだと感じた。
今回も色々味わわせて頂きました
鬼平犯科帳等の作者としてだけではなく、エッセイ、とりわけ食のエッセイでも定評のあった著者による、名作「食卓の情景」に次ぐ2作目の食エッセイです。
各地のお店が出てくるのは確かなのですが、巷に溢れる単なる名店ガイドでないのは、前作通りです。池波氏の食のエッセイに書かれているのは、食を通して、著者が知り合った・すれちがった人々の素晴らしい生き方です。従って、読者は、登場する食べ物の美味しそうなことに加え、その食にまつわる人々−料理人や給士・女中であったり、あるいは、食を通し、すれちがった人々−の生き方にも、思わず舌なめずりしてしまう本です。
年末年始など、行く年、来る年に様々な思いをはせながら、読むのに最適の池波エッセイの1冊です。
オレも散歩が好きなものでして・・・
散歩が好きなので、買ってみました。
池波正太郎さんの書き物は初めて買いました。
私は東京・日本橋に住んでいるのですが、深川と呼ばれる森下・門前仲町辺りが大のお気に入りの散歩コース。
池波さんも立ち寄った「伊せ喜」、「みの屋」など、初見でも"ウゥッこの店はなんか違う!フツーじゃない!"って感じで記憶に焼きつくような店です。
今度いってみたい!
食を楽しむ生き方を教えてくれる本
旧制の小学校を卒業して、すぐに社会人となった池波氏の「食」の歴史は長い。10代の頃から、自ら稼いだお金で、食べたいものをお気に入りの店で食してきた、たたき上げの食通である。しかも、通ぶらないところがいい。読んでいて、懐かしく心地よい。書かれたのは昭和50年代なので、それぞれの店について、「もう今は変わってしまっただろうなあ。」と思いながらも、「今も変わらずにいてほしい。」と期待もしてしまう。
池波氏が小学校の頃、中山安兵衛の十八番斬りの現場を友達と地図を片手に訪ねるエピソードなど、「池波正太郎ワールド」を創り上げた背景も楽しめる。
この本は、写真も豊富で楽しませてくれるが、グルメガイドブックのように読むことはお勧めしない。それは、著者も、この本に出てくる店の主人たちも望んではいないと思う。
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