和宮様御留 (講談社文庫 あ 2-1) 和宮様御留 (講談社文庫 あ 2-1)
有吉 佐和子   講談社   講談社  
和宮は置忘れ、観行院、嗣子、能登の展開の物語。
天璋院篤姫(講談社文庫上・下、宮尾登美子著)に感激し、天璋院と皇妹和宮の関係がどう描かれているか興味があり、また篤姫をどう描いているか知りたく、本書を読んだ。しかしその期待は裏切られた。面白くなかった。本書は和宮がどう考えどう行動したかの物語ではなかった。和宮を取り巻く観行院、庭田嗣子、能登命婦の画策と秘密封じ込みと張り合いの物語であった。後味が悪かった。どこまで事実なのか否かは分からぬが、皇妹和宮とフキと新倉宇多絵という3名のキーパーソンが登場する。フキのような出自の女子の変身が信じられない。誠に急すぎる宇多絵の登場が信じられない。ありえない設定に私は興味を失くした。また和宮の内面を捉えることを期待していたがそれははずれた。公武合体の当事者や付き添い女性という和宮の周辺のことで物語が展開するのみの内容に興味を失くした。
作者に脱帽。
確かに昔の日本ではこういうことはあったかもしれない。
事実として、祭られているものに片鱗が残されている。

でも、でもあの和宮の結婚をこういう方向で書くとは
衝撃的だった。
衝撃の1冊
なんとまあ、すごい本があったものです。
知らなかった自分が恥ずかしい。
ラストには衝撃を受けました。(ネタバレしたら面白くないので絶対にいいません)
それにしても、少進が恐ろしい。

リアリズムを超えたリアリズム
これは文句なしにおもしろい。
リアリズムを追求してやまない有吉の筆が、冴え渡る。
あまりの臨場感に、私などは和宮オタクとなってしまった。
大竹しのぶと岡田奈々というキャストでドラマ化されたのは周知であるが、ドラマにすると、原作のリアリズムには遠くおよばない。
有吉のリアリズムは、人間にとって欠かせざる行為である「食事」「排泄」「身づくろい」をこれでもかというくらいしつこく描く。「しょせん人間は生き物よ」という声が聞こえてきそうだ。
人間を隠すという場合に最も問題になるのが「食事」と「排泄」。そこを中心に描くことによって、臨場感はゆるぎないものとなる。
私は「替え玉」問題については、現在は「フィクション」と思っている。
主な理由は、徳川慶吉の助命のために和宮が書いたという自筆の手紙、これに尽きる。
この時代はテープレコーダーもなく、和宮が印璽を持っていたというわけでもない。
助命嘆願の手紙の効力とは、その真贋にかかっているわけだ。
書に優れていたという和宮本人が書いたものでなければ、相手にされない。
そんな中に、天皇本人にあてて手紙を書く、というのは、和宮が本人であったからだ。
片手問題や小児マヒについては、我々の想像を超えたなんらかの回答があるのだと思う。
だいたい、墓にあった人骨が和宮本人だという証拠はないではないか。
ロマンがひとつ消えてしまった気がするが、それでも有吉の「御留」の世界は残る。和宮オタクである私は、「御留」に書かれていない「和宮の江戸城生活」にも大いに興味があるが、そこを省いてもなお素晴らしいこの作品。
ラスト、少進が駆けつける場面は、涙なしに読むことができない。
「歴史」は時には残酷なもの・・・
時代が大きく変わろうとしていた。公武合体を選択しなければなら
なくなった徳川幕府。当時、女性は政略の道具として使われる時代
だった。自分の意思に関係なく顔も知らぬ相手に嫁がされる和宮。
しかも、行き先は京都からはるかに遠い江戸。まだ10代の少女には
どれだけつらいことであっただろう。だが、和宮を愛するものたちは
おとなしく徳川幕府に従うことはしなかった。そのことは、一人の
少女ふきの運命を変える。彼女も公武合体政策の犠牲者だった。
抗うこともできなければ完全に従うこともできなかったふき。その
運命の残酷さには涙を誘われた。激動の幕末から明治、時代の波に
のみ込まれ翻弄された人たち。歴史というのは時には残酷なものだと
感じた。


香華 (新潮文庫) 香華 (新潮文庫)
有吉 佐和子   新潮社   新潮社  
女の一生
数ある有吉作品の中で一押しです。奔放な母に憎しみながらも愛情をすてられない
朋子。戦後の復興の中でも母はと朋子を苦しませ続ける。
そんななかで、わずかな純情な恋、良い旦那、そして店。娼妓にはならない、と
決意から生き抜く力を得ている気がする。
最後の旅先での女将の愚痴があとをひく。
母娘の心の通い合い
放埓に生きる母・郁代と、それを憎みながらも許して生きていく娘・朋子の物語です。

救いようもないような郁代の姿に、どうして朋子は耐えられるのかと理解し難いものがあるのですが・・。理性で考えると、朋子にとって何の得にもならないどころか、迷惑千万な存在の郁代ですが、娘というフィルターを通すと異なる存在に変化するのでしょう。その微妙な心の揺らぎが伝わってきます。

印象に残るシーンは、節分の豆を食べながら語り合う母娘のところです。両者が一瞬でも本音で語り合うシーンはじーんときます。ほんの一瞬ですが。

このシーンで思うのは、私も朋子と同年なのかと感じ入ってしまう所為もあるかもしれません。正確には1歳違うのですが、それまでに積み重ねた人生の重みを比較してしまいました。物語上の人物と比較するのも何ですが、果たして私が朋子のように料亭を切り盛りできるはずもなく、家を建てられるわけでもなく、使用人も使えず、母に尽くすこともできず・・。ぬるま湯の人生を過ごしてきてしまったなあと自分を振り返ってしまいます
母と娘の愛憎がリアルに書かれている
自堕落でエゴのかたまりのような母親に引きずり回され、その犠牲になり、幸せも壊されていく女主人公。しっかりもので苦労性の娘の薄幸の人生。親子の愛憎がどこまでもリアルに書かれている。母と娘って、永遠に敵同士、ライバル同士なのだろうか。
とにかく泣けて泣けて・・・
 私には徹夜本でした。朋子の気持ちがよく書かれているので、苦しくなって涙が止まらないのです。今時の女にはない、ひたむきさを持っている朋子。
 代わって母郁代の心情は語られませんが、美しいということにかける彼女の意気込みは、「華岡青州の妻」のオツギに似ている気がします。つまる所、女はきれいでなくっちゃね、です。綺麗な人には男も女も惹かれますから。でも、娘からみたら最悪の母親です。こんな親ならいらない。
 切ってもきれない親子の縁、伝わって襲ってくる因業、誰のせいでもないけれど、人間だれしも感じる所があるのではないでしょうか?
 家族のことで悩んでいる人にお勧め。解決の足しにはなりませんが、慰めにはなるとおもいますよ。
私は着物文化に興味をもって読みました。
朽葉色(くちばいろ)、御納戸色(おなんどいろ)、鶸色(ひわいろ)。
小手毬(こでまり)、金雀児(えにしだ)、吾亦紅(われもこう)。
戦前からの着物文化を楽しむ、吉原など遊郭の風俗を知る、有吉ワールドを楽しむ、など人により様々に味わえる本。

和歌山の小地主の家に生まれたが、浜松で芸者見習、東京に出てから芸者、料亭の女将として仕事に生きる主人公。
美しく高貴な外見と、地堕落で自制がなく甘ったれの母親。
主人公の日頃の振舞いは江戸なりだが、男性や母との確執に揺れる心には関西の湿気が感じられる。

「紀ノ川」で花、華子と人名で出てきた「はな」の字は、ここでは「花津川」「波奈家」「花ノ家」と屋号として登場する。


真砂屋お峰 (中公文庫)
有吉 佐和子   中央公論新社   中央公論新社  
バブリー!!でもこれは現代のお話です
読み進むうち、江戸時代の話とは思えなくなってくる今日性の高い名著。つまらないものにまでべらぼうな値がつき、目にどぎついだけの中味の薄い文化が蔓延し、一部の強者がとんでもない利益を上げる世の中。長屋に住む貧乏人は、腹黒い連中にさんざ踏みつけにされていることにすら気づかず、目先の景気にだまくらかされて必死に働く。何だ、これって、今だよー・・・って、思えてきます。

そんな時代に生きた、一組の若い夫婦の物語。

子どもに恵まれない焦りと空虚感。人としての矜持を忘れた意地汚い連中のおせっかい。いろんなものに足をひっぱられて、正しいと思う道が歩めないもどかしさ。とことん痛めつけられた挙句、真砂屋お峰が思い立ったことは・・・。

江戸の火事やら衣装比べやら、大輪の花火のような豪華絢爛な描写も魅力的ですが、終章近くの夫婦ふたりの花見のシーンが何より心にしみます。甘くて、はかなくて、静かで、満ち足りて。豪華の乱打に耳が破れてはじめて聞くことができるあたたかな静寂。読書でこれが味わえるなんて、至福です。
江戸っ子でぃ!
この本は、殆ど普通の街中の書店では見かけなくなってしまいました。
残念です。この本を読むと、いわゆる、『江戸っ子の心意気』と言うものが、どういうものなのかよくわかります。

隠れた所に金をかける、地味に見せて実は凄く贅沢にしつらえてある、など、江戸小紋や、関西と反対の関東、というか江戸の風潮は、実は「お上の『町民の贅沢禁止令』から来たんだなぁ、とか、そういうことも書いてありますよ


芝桜〈上〉 (新潮文庫) 芝桜〈上〉 (新潮文庫)
有吉 佐和子   新潮社   新潮社  
美しい女性たち
花柳界の独特のシステムや価値観は興味深い。
非日常な文化に圧倒される。
日本でありながら遠い世界。
華やかで厳しくて、粋で豪奢。そんな世界を垣間見れる。

そしてそんな舞台で繰り広げられる女性の生き様。
プライド高く潔癖な正子には共感をおぼえ、声援を贈りたくなり、
そんな正子に始終まとわりつくような存在蔦代には、機敏な美しさや、狡さへの苛立ち、とらえどころのない不気味ささえ感じでしまう。
正子の生き様が、この物語を美しく凛とした印象にしていて、蔦代の立ち回りが、はらはらドキドキさせ展開を期待させるのだろう。
読み応えのある一冊だった。



かけがえのないもの
私は思う。男が友情のために死ぬ話なら、いくらでも存在するであろうと。
しかし、女がトモダチのために命やら人生やらを賭ける話なんて聞いたことがない。いつでも女の場合、トモダチは二の次、三の次。お互いさまだから、取り立てて腹が立つこともないが、所詮女なんて利己的に生まれついているのだろう。しみじみそんな気がしてならない。
私には「蔦代」を地でいくトモダチがいる。彼女にはやはり、30年近く振り回され続けている。子どもの頃から、何度も何度も絶交宣言を繰り返してきた。幾度も衝突し、その度行き来の途絶えたものだった。それでも何かをきっかけにしてまた付き合う。よくまあ、飽きずに付き合ってきたものだと感心すらしてしまう。
しかし相手もまた、私のことを「蔦代」だと思っているのだから、いつまで経っても堂々巡りである。私たちは自らを「正子」だと思い、相手は「蔦代」だと揺るぎない自信を持っている。
電話からしてそう。悩み事があるときばかりで、一方的に愚痴を聞かされ経過報告は一切なし。真剣に聞いてるこちらはバカをみる。
買い物やランチなど、どうでもいいことに関しては非常に仲良し。そのくせ、オトコが絡むと薄情になる。女の友情ほどあてにならないものはないと、彼女から身をもって教わった。
それでも彼女とも付き合いは続く。少々のブランクがあっても昔のまま付き合える。ちっとも気取ったところがないから楽しく時が過ぎる。ライバル意識はあるにせよ、仲間意識も手伝って、身内のように感じることもある。
反発を感じながらも共感してしまうトモダチ。きっと彼女とは生涯、腐れ縁としてつづいていくかけがえないのないトモダチである。その証拠にアルバムを開けば、必ず私の隣でピースサインを送っている彼女がいる。
花町の美しさ。
花町の世界に溺れることなく、自らの意思で生きてゆこうとする正子と、
金の為なら安易に男に任せる蔦代の対照が鮮やかに描かれている。
正子は水揚げされても、決して売られた自分を卑下することがない。
正子の毅然とした態度は、とても好感が持て、また、蔦代の描写は美しく、

二人の主人公の人生を十分に堪能できる。今では感じられない花町の粋と、男女の心理の見事さ。読者を華麗な花町の世界へと導いてくれる小説だと感じた。


紀ノ川 (新潮文庫 (あ-5-1))
有吉 佐和子   新潮社   新潮社  
文庫で349ページというのがもったいないです
新潮社版の文庫を購入しましたが、文庫で349ページというのがもったいないという印象です。
花が20歳のときに結婚話が持ち上がった明治30年から昭和30年を過ぎる頃までの物語ですが、
花が幼少のときから死ぬまでだったら、もっと良かったのにと思います。
花の人生を丹念に描いていることで彼女に感情移入はしやすいですが、彼女の娘が出てくる第二部・孫が出る第三部では展開が速いので、
もう少しじっくりと書いてほしかったと思いました。

人生を紀ノ川の流れになぞらえているところはとても興味深く、読みがいがある作品ではありましたね。
女の幸せ
男に寄り沿い、家に寄り添う女。因習から抜け出し精神的自立を求める女。家制度からも解き放たれた代わりに莫大な自由の選択肢と敗戦による無の中に投げ出された女。

ここで興味深いのは、男に尽くし家の運命に従うという女の幸せもあるということ。戦前世代の文緒の気持ちはあれほど反発した「家」に戻っていくし、戦後世代の華子は、因習や親に強制されることなく自分の選択として「家」を愛するようになる。

この本を読んでいて不思議なのは、今の時代でもこういう風に家に寄り添って(男を支えて)生きていくのも幸せかも、とつい思わせられてしまうところ。現代では自分の仕事に目標や生きがいを見出しやすいのに、どうして家のこと、家庭生活には目標も生きがいも見出しにくいのだろう?
女性三世代
明治、大正、昭和の3つの時代を三世代の女性が美しくたくましく生き、成長していく様子が書かれている。実際に三つの時代を見てきたかのような錯覚になるほど、その時代の背景が事細かに書かれている。こんなにも時代は変わっていくのだと実感させられた。母が子を思う強い気持ち、子が親の大切さに気付きまた、その子に受け継がれていく、時代は紀ノ川の流れのように流れても、変わらぬ親子のつながりは、どの時代になっても大切だと教えてくれる。
作者の死が惜しまれる未完の小説
 この物語にはとりたてて大きな起伏があるわけではありません。家と女という日本の伝統の流れに身を任せる母、激しく抵抗する娘、そしてその二人を止揚したかのような新世代の孫娘。この三代の血の流れと紀ノ川の流れとが重なるかのような風景の中で、日本の女の物語が静かに編まれています。

 先行世代というものが若い世代の目にはある種の縛りをかけるとても窮屈な存在と映るでしょう。私も、先行世代が引き継いで後代に受け継がせようとする伝統のすべてを良しとはしませんが、一方で歴史の荒波にも屈することのない伝統が持つ凛とした静謐な美しさと強さのようなものが、年齢を重ねるうちにわかってきました。ちょうどこの主人公の娘・文緒が年齢を重ねるにつれて伝統に対する抵抗感をわずかながらに減じていったのに似ています。

 それは、伝統が後代を縛るための道具ではなくて、後代が静かながらも幸せに生きられるようにという先行世代の、つまりは親の、愛情のこもった智恵であるからかもしれません。そのことに文緒自身もわずかに気づく兆しがあり、それがこの小説で展開される母娘の確執の中の救いといえます。

 戦後の農地改革の中で姿を消していった伝統的な素封家の女たちの物語がこの後さらに昭和の御世の終わりから平成にかけてどのように展開されていったのか、と考えると興味は尽きません。しかし作者の早世によって四代目(孫娘である華子の娘)の物語は永遠に書かれることはありません。そのことがとても惜しまれる物語です。
母の想い
今まで母が細かな事まで気遣ってくれているにもかかわらずうるさいなあとしか思っていない時があった。この本を読んで母の子供への無条件な想いが分かったような気がした。この本は3代の女性の記録の形をとっているが、あくまでも中心にあるのは母の子への想いであると感じた。


地唄・三婆―有吉佐和子作品集 (講談社文芸文庫) 地唄・三婆―有吉佐和子作品集 (講談社文芸文庫)
有吉 佐和子   講談社   講談社  
有吉佐和子ファンのための素晴らしい解説書☆
短編集です。
「地唄」
「美っつい庵主さん」
「江口の里」
「三婆」
「孟姜女考」
見事にテーマ別の短編が詰まっています。まるで幕の内弁当。
どれもとても面白いのですが、それぞれ、表題作として文庫化されていたりするのでこの本を買おうかちょっと迷っていました(高いし・・・)。

私は有吉さんの大河系長編小説ファンですので、短編読みごたえはイマイチ・・・なんですが、この本のウリは何といっても、宮内淳子さんによる解説・年譜・著書目録がとても充実していることだと思われます。
特に解説は、有吉さんの生い立ちから文壇での立場や軋轢、小説家としてのスタイルまで簡潔ではあるけれど豊かに語られています。年譜もまた作品と彼女の生活がわかりやすくまとまっているので、ファンにはとても嬉しい本でした。読みごたえもたっぷり。

解説・年譜・著書目録に、☆5つです。

複合汚染 (新潮文庫) 複合汚染 (新潮文庫)
有吉 佐和子   新潮社   新潮社  
合せてどうぞ
レイチェル・カーソン女史の「沈黙の春」と合せてどうぞ
きっかけは妊娠
初めてこの本を読んでから、早くも26年がたちました。
きっかけは妊娠です。「胎児に影響のある食品を知りたい」という
単純な動機で読み始めました。
ショッキングな内容が、きちんとした日本語で綴られています。
「恍惚の人」もそうですが、「それはどういうことなのか?」ということへの答え、
つまり書かれた当時の事象のみを追いかけて読んでも、十分に面白いと思います。
蛇足ながら、医学の進歩と流産の減少との関係のくだりは、今に至って、
私の心中で、いよいよ重さを増してきました。
土は生きている
アイガモ農法で知られる古野隆雄氏の試みはこの本がきっかけだったと言います。
選挙応援運動から始まるこの作品は、食品が農薬に汚染された状況である
と訴える候補者の訴えから、化学肥料とは何か、食品添加物とは何か、
それが身の回りの食品に何を起こしているのかを徹底的に追求していきます。
選挙の話はたち切れ状態になりますが、危機的現実に気が付いた医者、農家の
人々、漬物やさんたちが独自に解決策を模索し、答えをだしている様子は頭が下がる思いと
同時に励まされます。
農薬の前身とは何か。全部がそうだとは言いませんが戦争で使われた毒ガスです。
戦争が終わり、あまりの惨状に兵器として全面禁止となっていた毒ガスは農薬に生まれかわって
いた。田の雑草、害虫に限らず益虫、バクテリアを皆殺しにし、土を殺した。
作物に蓄積し、消費者の口に入る。決して分解されることのないそれらは体内に蓄積し、
ついには消費者の体を蝕んでいく。
味を濃くし、香りをきわだたせ、実をしまらせる堆肥が消える。
食品添加物の演出がとってかわる。
何を食べさせられているのかという思いがします。
本当に衛生的とは何か。毒や薬品が衛生や食品の品質を保つのか
消費者は考える必要があるでしょう。
現在77歳の老人が生まれた頃(1930年)、世界人口は20億だった(現在は66億人)
という事実が追い討ちをかけて心にのしかかります。
今でも変わっていない!
米・茶農家でバイトしたことあるけれど、今の現状はマッタク変わっていない。今でも使われている薬の名前が出てきている。この30年間、日本の農業はさらに自立できない方向へ進んでいるのではないか?そしてこれから先は・・・未来に希望が持てなくなる社会作りを進めている気がしてならない。
環境問題と有機農業
今思えばこのころ(昭和40年代)は今よりも公害はひどく、環境は汚染されまくっていたわけです。
こういった状況で、最初に問題の解決策を提示したのが本書です。
小説の形を取っていますが、内容はドキュメンタリーそのもので、当時最先端の有機農業が、現代のものとなんら変わらないことに、人間の営みの長さを感じます。

恍惚の人 (新潮文庫) 恍惚の人 (新潮文庫)
有吉 佐和子   新潮社   新潮社  
あれから30年が過ぎたのに・・・
「老人介護」を扱った小説。
昭和47年に書かれた本書だが、本当に素晴らしい。
30年前の小説とは思えないほど「今」に近く「未来」を予測していたかのような内容。
年を取るのは生きている限り、年々やってくる。
その延長線上に「死」はある。
その途中・・・「痴呆」「認知症」「老化現象」「病」など避けられない山々たち。
今すぐ読んで!とは言わないが、
その時が来る前に・・・是非とも読んでもらいたいです。
有吉佐和子の文章は最高です。
行く道、来た道
登場人物が夫々に、さもありなんと描かれ、臨場感たっぷりに読みました。今日現在の「居宅介護支援」「地域密着型サービス」「成年後見人制度」など、描かれている状況は変化への対応と言う形で進行していると思います。先がけて「今日」という未来を見通した先見性には敬服です。この小説では高校生だった息子が定年を迎えようとしています。彼はどうしているのか。また、彼の子どもは。物語に当てはめて想像しています。今日の社会や、家族、自身を見つめる契機を得ました。
介護を通じて老いと格闘する主人公昭子
リアルに怖い。特に入れ歯のエピソードはシュール。主人公の昭子が、夫の両親、とりわけ父の介護を通し、老いや死と向き合っていく物語。向かいあうというなまやさしいものではなく、介護と格闘している感じ。それが現実なんだと思う。他人事ではない。のっけから物語にひきこまれ、読んでいると知らず知らずのうちに、昭子と一緒に年をとるとはどういうことなのか体験している。情報部分と物語が別れるのではなく、違和感なくからみあっていて、構成も文章もスキがない。有吉佐和子は凄い作家だなと思う。昭和47(1972)年に出版された作品なので、痴呆(認知症)に関する医学的な情報や社会的な環境は現在と違う部分もあるが、著者は6年ががりで老年学(ジェントロジー)について調査研究、知識をそぐのに苦心した、とある。そのそぎ加減も上手い。この作品をきっかけに、遅ればせながら有吉作品を読んでみたが緊張感のある作品が多い。もっと評価され、読み継がれていいんじゃないかなあと思った。
凄い
恍惚の意味を調べてみると、ぼんやり ぽかん ぼうっと 物事に心を奪われてうっとりするさまなどでてきました。このドラマがするというので読んでみました。
ひとそれぞれおもうことはありますが、目線がよくいい本でした。
老いをどう選択するのかかんがえさせられました。
作品の影響力
以前「非色」を読んだときもそうだったが、
この人の作品は自分の価値観や、ものの考え方に大きな影響を与える。

自分に降りかかる「介護」と、自分に訪れる「老い」の双方について
大きな不安を与える内容がシビアに描かれてはいるが、
「愛」というほどではない「救い」が作品の骨格を支えているので
絶望に陥るほどのことはなく、ただ、テーマに対する思索を深めてくれる。

娯楽として気軽に読める本ではないけれど、「高齢化社会」を語るニュースを見るより
この本を読んだ方がはるかに心に染みるので、特に若い人に読んで欲しい。




悪女について (新潮文庫 (あ-5-19)) 悪女について (新潮文庫 (あ-5-19))
有吉 佐和子   新潮社   新潮社  
〜神秘のヴェールに包まれて〜
 27人の生前の「女」を知る人々の回想録から浮き上がってきた「女」の真の姿は,生まれながらの悪魔か,それとも計算高い天使か・・・。

 水晶のように透き通った瞳に,甘く男心をくすぐる声。

 前世からの気高さが体に染み付いているような高貴な輝きを放つ美しさ。

 女は美しさが持つ身のすくむような力が自分を取り巻くすべてに勝ることを熟知していました。

 まるでアクセサリーをつけかえるように男達をとっかえひっかえ利用し,狂わせ,妖しく美しく舞う女の一生の物語です。
きもちわるいおんな
この公子のすさまじいしたたかさと、バイタリティあふれる嘘のつきっぷり。たくさんの人間を騙しまくって、それでもなお聖女のような一面を決して自ら剥ぐことがないまま変死を遂げたこの女性の人間に反吐のでるよな気持ち悪さを感じた。
モラルだとか倫理だとかそいういうものから全く解放された異様な精神を持った人間を27人の語り手をつかって浮き彫りにするこの作家の力に脱帽。
最近はやりのサイコパス犯罪小説など吹っ飛ばしてしまうような有吉の創造者としての豊かな書き手力にもうことばもない・・・。
最後の語り手である軽薄そうな次男が語るこの女の異様な精神の果てはやはり、異様な死だったのか?ミステリアスで胸糞わるくそして人間のおかしさを目いっぱい書ききったすごい作品だとおもう。連続ドラマにどうですか??
ぶっちゃけ、吉原手引草で…
面白かた!
すーごいトリッキーな話の運び方で、
思わず年表など作成してまいました。笑

愛される女の秘訣を学びました。

ぶっちゃけ、吉原手引草で満足してる人は、
これ読んだら開眼する筈。。
(松井先生スミマセン。)
となりの君子さんへ
男と女、善と悪では言い表せない人生がつづられています。筋立てはミステリー風で引き込まれるようにページをめくりました。関わる人々夫々の証言はその人にとっては事実です。このようなことはまま見聞きすることです。君子のセリフ「まああ」「夢見たい」の言葉が持つ魅力について、その魔力を思います。この言葉の力で生きていく君子さん、あなたの力に敬服します。おっかない方です。
作家の主人公に対する思い入れ
なぜ、この本を選んだのかと言えば、彼女の本を1冊読みたかったのと(母が、「芝桜」という夜の世界の女性の激烈な競争を描いた書籍を感嘆をもって語っていた)、あらすじを読んで、ミステリー形式になっている、とのことだった、という2点からだった。
感想のひとつ目は、有吉の文体がとても「綺麗」、ということ。昭和の時代の小説は、殊更、会話文になると、一種の形式が出来上がっていて、現代を生きている自分にとっては、どこか浮いた感じを持ったものである。
時代設定は、現代には違いないが、「いま」というのとはちょっと違うにしろ、わざとらしさがない。違和感がない。むしろ、「いま」の虚飾の部分がないだけ、普遍化されている。
感想のふたつ目は、悪女とはこんなものではないでしょう、ということ。たしかに、主人公は、嘘つきだ、ということは書いてある。人を欺き、騙し、自己を変節させ、生き抜いてきた。生とお金に執着する主人公が、雲を掴もうとするがごとく、窓から身を乗り出し、身投げするか?主人公の最期に関して、著者は、むしろ、愛情を注いでしまっているかのように見える。
ふたつ目に関わるみっつ目として、ビジネスに生きる女性に、男性との絡みは、不可欠だ、ということ。主人公はもちろん男性を手玉に取って、金を巻上げてビジネス界に出て行くのだが、それは夫、男、僕、というカテゴリーであって、ビジネス上のバックボーン、というか、パトロン、というか、援助者、という存在は居ない。それ無しには、百鬼夜行の世の中、どんなに才覚持っていたとしても、吹き飛ばされてしまうだろう。確かに、彼女のビジネスは崩壊していく。その修羅を読者に見せないまま、著者は彼女を死なせたのかもしれない。

仮縫 (集英社文庫) 仮縫 (集英社文庫)
有吉 佐和子   集英社   集英社  
ファッション・デザイナーの世界
 内藤洋子、岸恵子、田村政和らのキャストで映画化されたことのある有吉佐和子の佳作です。戦後のオート・クチュールの世界を舞台に、元華族の令嬢たちばかりを針子に雇って活躍する松平ユキ、彼女のもとでファッション・デザイナーを志望しつつ働く若い女主人公の野心と葛藤の渦巻く世界を描いた一読に値する小説です。書かれた時期は幾分旧いとはいうものの、なかなか面白うございましてヨ。

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