センチメンタルな旅・冬の旅
荒木 経惟 新潮社 新潮社
生きている人を愛する喜びを知る。
写真家・荒木経惟(あらきのぶよし)の愛した妻・陽子との新婚旅行から死までの赤裸々な日常生活から、生きている喜びと愛する行為の体感が伝わってくる素晴らしい写真集である。
天才アラーキーの写真には、エロチックなものを期待しがちだ。
でも、この『センチメンタルな旅 冬の旅』からは、男と女の存在がドラマチックに感じられる。
夫婦とは…
荒木は、妻・陽子の今・感じている・生きている彼女を撮り続けていた。
死の直前、午前3時15分、陽子さんが目をパッとあけた。輝いた。
ふたりの手を握る写真を見て欲しい。
この次のページ、彼女の言葉が心に染みる。
お葬式で写真を撮ることを、アラーキーから学んだ。
5年前、父の通夜、僕は写真を撮った。
お葬式の日、喪主だった僕は、写真を撮ることができなかったことが悔やまれる。
荒木経惟は、私小説的写真家の天才だ。
男女の形
この本にあるのは恋愛ではなく男女が一緒にいる一つの形だ。
男女が一緒にいればいろいろな形があり、それを記録にとればこの写真集は成立する。
ただ、男女の形の始まりから終わりまでを同じ視線で記録する、ということは荒木経惟でしかできない。それは理想ではなく、事実を現実を荒木経惟の視線により記録されただけのものでしかない。
写真を撮る事にはまってから良く分かることは、写真家が写真家であることは「視線」をきちんと持ち、ぶれないことだと思う。我々アマチュアはぶれてしまう。
「視線」が事実を名作にしている。
極めて濃厚
極めて濃厚な「写真集」。写真家としての私小説的。
これを一般的な「写真集」と言っていいのかどうか。「写真」とはとか「写真家とは」とか、まあ、いろんな思いが巡る「傑作」でしょう。
心が揺さぶられる
開く度に、切なくなる写真集です。
「撮る側」であるアラーキーは生きていて、
「撮られる側」である陽子さんが死に向かっているということ。
この写真集を開くときは、自分もまた「残されていく側」として
ひとつひとつの写真を見ているような気がします。
「センチメンタル」という言葉がタイトルに入っているけれど、
アラーキーの写真家としての冷徹さも、強く表れている写真集でもあると思います。
初めて見たとき、「そんなところまで撮ってしまうのか」と衝撃を受け、涙が出ました。
最愛の人の死に対しても、アラーキーは徹底して向き合い、シャッターを押す。
写真家としての強烈な性のようなものに、心が動かされる。
涙なしでは見られない!
一時代を風靡した荒木経惟氏による「私写真集」。1991年発行。前年に亡くなった愛妻・陽子さんが病に倒れ、そして亡くなるまでの数ヶ月間を克明に収めた「冬の旅」と自費出版で発行され陽子さんとの新婚旅行(京都、柳川)の模様を収めた「センチメンタルな旅」(1971年)との2部構成になっています(前半が「センチメンタル〜」で後半が「冬」)。
この本の発売当初、「波」誌上で荒木氏と篠山紀信氏とが対談しましたが、徹頭徹尾「商業写真家」といえる篠山氏と、究極の「極私写真家」である荒木氏との対談など、はじめから成立するわけもなく、案の定、激突。この対談を機にしばらく両者の絶縁状態が続いたのは記憶に新しいところです。篠山氏は妻の死までをも商品化する荒木氏の姿勢に強い拒否感を感じたそうですが、荒木氏にとっては写真を撮る行為自体が彼の生き様であり、商品化云々以前の話という立場。篠山氏は確かに奥さんの南沙織を撮影して、世に問うたことはないですね。ところが荒木氏はたとえ撮影対象が愛妻の死という究極の悲しみであっても、写真家としての本能のおもむくままにシャッターを切り、記録として収めたところが「私写真家」たる所以なのです。
この作品を見て果たして荒木氏が愛妻の死を本当に商品化しているかといえば、もちろんそんなことはありません。もし、少しでもそう思えたら自分の感性をいま一度、振り返ってみたほうがいいかもしれません。淡々と日記風に語られるこの「冬の旅」ですが、底辺に流れるのは失われつつあるかけがいのない存在に対する慟哭の叫びであり、激情の発露以外の何ものでもありません。それでもひたすら感情を押し殺したかのように淡々と撮り進む荒木氏の心情を察すれば、涙なくしてこの写真集に接することはできません。いつ何時も表情を変えることのない愛猫「チロ」の絶妙な役者ぶりが、よけいに悲しみを増幅させます。私はこれほどの悲しみをたたえた写真集を後にも先にも見たことはありません。
幻の写真集と呼ばれた「センチメンタルな旅」では、ただハッピーな面ばかりが強調される新婚旅行というイベントに対して、人間が本来もつ本能的な面を赤裸々に写し込むことで、「本当はいちばん触れられたくない部分」を強烈に突いてきます。かなりズンときます。「冬の旅」と交互に見比べることで、さらなる無常観へと見るものを誘います。
陽子 (荒木経惟写真全集)
荒木 経惟 平凡社 平凡社
視線の交わるところ
この写真集を見ると、愛する人との間に交わされる視線にハっとします。
誰かを愛し受け入れるということは、目と目が交わりあうということなんだと。
モデルの陽子さんと荒木氏との視線が交わるところで、この写真たちは生まれてきました。
出会った頃のイノセントな陽子さんが、だんだんと本物の笑顔を身につけていく過程が撮影
されています。荒木氏との「関係性」が実にナマナマしく写真に写りこんでいます。
共犯関係という夫婦のあり方
この写真集は繰り返し見ている。
この写真集に見られる陽子さんを見ていると「女性」というものが見せる 余りにも様々な「表情」に いささか圧倒される。僕が男だからかもしれないが 女性が有している いろいろな側面は 中々分かるものではない。実際 道を歩いている良妻賢母のような表情を見せている陽子さんと 性行為中と見られる陽子さんが 同一人物であるということは 写真集という形で突きつけられると 一瞬たじろいでしまう。
但し 結局 そこまで自分の妻を曝け出した荒木の主張と そんな自分の夫と共犯関係に入った陽子さんという構図が この写真集を限りなく美しいものにしているとも思うのだ。
夫婦愛という言葉がある。その愛情にもいろいろな形がある。そうして この写真集は それの一つの形なのだ。その点が何より見ているものの心を撃つ。僕らは 陽子さんが既にこの世に居ないことを知っている。それだけに 生きていた瞬間を切り取ったこの写真集には 打ちのめされる気すら覚えてしまうのかもしれない。
濃厚な一冊
とにかく、最初から最後まで濃厚。
リアルに伝わってくる私生活と思い。
この写真集で感じたのは妻の陽子が炊事洗濯掃除などをやっている時が一番輝いてみるのだ。楽しそうって事。
そのほかは、意味ありげな視線を投げかけていたり。
すごく分かりやすい女性。かなり魅力的な女性だと思う。
荒木さんの陽子さんに対する愛がいっぱいつまってて、クールな表情も幸せそうな笑顔も写真のすべてから2人の愛を感じました。そして大切な人を失うこと。荒木さんの悲しみがあふれ出ているようで涙が止まりませんでした。お互いの感性を認め合い高めあっているようで理想の夫婦です。
ここには写真のすべてがある
夫人である陽子さんの写真を編集した写真集です。ここに見られるものは荒木さんの気持ち。陽子さんの心そしてお二人の「関係」です。この濃密ともいえる関係性こそ写真の持つ意味ではないでしょうか。小奇麗な写真を撮っていた自分が恥ずかしくなるほどの実直な記録の数々でした。愛しているもの、身近なものを撮る。ここにはそんな「写真」の全てがあるように思います。
すべての女は美しい (だいわ文庫)
荒木 経惟 大和書房 大和書房
荒木は感傷的
すべての女性は美しいか?それはどうだろうか。
荒木が云ってるように写真は関わりあいなのである。だから、荒木を通した女性が美しいのだ。つまり、荒木は人が好きで人生が好きなのである。荒木の写真を見る人はここを勘違いしてはならない。
さておき、荒木の写真はセンチメンタルを感じる。それは、『さっちん』しかり、『人妻エロス』しかり。女性写真の大家、秋山庄太郎、篠山紀信等には、決してこれを感じない。だから私は荒木の写真が好きなのだ。
エロとエロスとスケベと性
あなたは、スケベです、といわれたら、確かにスケベです。
男と女がいて、あそことあそこがあって、あれとあれがあるから、
しかたありません。
人間がいれば、多分、みんなが持っているのだから、それをほんのちょっと使ってみたら
もう、すぐに、スケベになるのです。それぐらい、あれとあれの話は、あそことあそこを
つなげる、奥深い話なのです。
そのことを延々と説いたバイブルです。
顔は、究極のヌードである。
絶対に撮るべき部分が女にはある。
着物は、脱がすのもいいが、着せるのもいい。
そういう、至言がいっぱいあって、あー今日もエロい気持ちになって眠れるなー
安心するなー。
明日も、きっといい目覚めだろうなーと、思ってください。
女のバイブル
私も、匂いたつような女になってみせるぞって思わせてくれる本。
女としての自信とやる気がみるみる湧いてくるので、
アラーキーファンはもちろんですが、
ちょっと元気をなくしてる女性にもお薦めかも。
本文中に『下品な気品』って言葉が出てくるのだけど、
なるほどね〜って思うもの。
「エロスがあるっていうのは、
相手にセックスしたいなーと思わせる魅力があることだし、
下品だけど、品性みたいなのも加わっているってこと」なんだそう。
アラーキー語録満載だし、
ところどころにアラーキーの写真もちりばめられているので、
彼の世界にどんどん引き込まれます。
情けなさも、弱さも、気の強さも、ブスも、デブも、
子供も、ギャルも、おばさんも、おばあさんも、
「お前はいい女だよ」と言ってくれているような一冊。
女って、きれいだよ、かわいいよ、と言われ続けることで
本当にいい女になってしまうから不思議な生き物。
この本を手にして、みんな個性あるいい女になろっ!!
私にとって秘密のバイブルになっちゃいそうな1冊です。
東京日和
荒木 陽子 筑摩書房 筑摩書房
ある夫婦の軌跡
最初の1/3くらいが自分の死を知らずに書いた陽子さんの文、後半は荒木(夫)さんの手書き文と陽子さんが生きていた頃と、亡くなった後の写真で構成されています。
「人の思いというのは確かに存在する。本当に存在してつかれた者の体と心をいやしてくれるんだ、と私はこの時いやというほど感じ入った」
等々、夫婦の愛情・結婚した人なら誰しも感じている(であろう)哀しさと優しさとほこっとした温かさが詰まっていて、人一人がいなくなるという重みが言葉でなく存在感として語られています。失う事はあまりにも辛いけど人間生きていかなきゃならないし、素敵な夫婦関係を本にしたことで何人もの人を癒してくれていると思います。素敵な夫婦、お手本にしたい「愛情生活」もお勧めです。
陽子への気持ち
陽子の姿が目に浮かぶようなリアルな本。
そして、アラーキーの陽子への思いがつづられた本。
少し憂鬱な気持ちになるかもしれない。
でも、この夫婦を知ることの出来るリアルな本だと思う。
愛の結晶。
陽子さんのエッセイを読むと、行間から愛が溢れていて、アラーキーの撮った写真と共に、凝縮された愛を見ているようです。そして後半、陽子さんの死後アラーキーが書いた日記のようなものと、空を中心に撮った写真、一人で東京の街を歩いたエッセイと、陽子さんへの愛がどんなに深いものか、言葉がなくても写真だけで表現されています。誰もがこの二人のように愛を育み、一緒に生きて行ける相手を探したいと感じるほどに、素晴らしい夫婦の記録だと思います。これほど愛に溢れた本はないと思います。読んでいて、あまりの愛情の深さに涙しました。ここまで人を愛し、また愛されることが、人はできる。当然と言えば当然の行為に、改めて気付かされた気がしました。
哀しいけど、素敵な本です。こんな夫婦になりたい。
陽子さんが自分が亡くなることを知る由もなく描いた夫婦の日常のエピソードが、彼女の死を知って読むと切ないです。
後半部の、荒木経惟が、彼女の死後、何を見ても彼女を想う姿も、痛々しくて愛しい。
夫婦で顔を見合わせて笑う、同じものに感動する、一緒に美味しいものを食べて美味しいと思う、、、。幸せとは、何でもない日常の時間で生まれるものであり、失われて始めて実感するものなのだなあと思いました。
会社帰りに電車で読みながら、ボロボロ涙がこぼれてしまいました。
こんな素敵な夫婦になりたいな。
東京日和
竹中直人さんが映画を撮りたくなった気持ちがとてもわかります。陽子さんが亡くなる直前に書かれたコラムは何とも切なく、それを読んだ経惟さんの心境も分かるような気がします。とにかく写真がとても素敵で、眺めているだけでとても気分が安らぐ本です。
HiToZuMa EROS12/X[写真集]
双葉社 双葉社 荒木 経惟
花淫 (荒木経惟写真全集)
荒木 経惟 平凡社 平凡社
大判なら更なる感動。
大判で以前に同タイトルの写真集が出版された。
それを写真全集用にリメイク?しているようでして。
一応、両方持っているんだけど、最初この全集を手にした時の感動というかなんとも例えようのない興奮というか。それは一生忘れないだろう。
写真を見ていると、なんか世の中ってすっごく猥褻な世界って気がしてきた。目で見る写真ではなく、記憶や脳でこの写真を見ると、そんな感じね。
艶のあるオンナ&オトコを目指しましょう。世の中捨てたもんじゃない。
人妻エロス〈11/X〉
荒木 経惟 双葉社 双葉社
写真ノ中ノ空
谷川 俊太郎 アートン アートン
谷川さんと荒木さん
とってもすてきな組み合わせ
わたしも空につつまれて生きている。
あるひとが空は皮膚のほんのかすかなところから
もーそらなんだとかいったかな。。。
空に魅せられてそらに抱かれて
そしてね、一息つきましょうね。
たにかわさんの詩はどれも素直で
どーしてそんなにいつまでも優しく
いられるのか、不思議。
ぜひ見て読んでほしい一冊です!
これこそコラボレーション
まず、表紙からヤラレタ。
表紙を見て即座に買おうと思った。
もし、購入されたときに帯が付いていたら、はずして見てほしい。
時間が止まる。
単なる「共同作業」をコラボレーションと言うこともあるが、
コラボレーションとは、まさに、この本のようなものを言うのだと思った。
荒木氏のあとがき、
最後の言葉を読んで、
涙が、はらりと、落ちた。
愛しのチロ (平凡社ライブラリーoffシリーズ)
荒木 経惟 平凡社 平凡社
猫好きさんにも、アラーキー入門にも。
露骨な写真がどうしても難しく感じてしまい、まずこの「愛しのチロ」から入ろうと思いました。
私の初・荒木さんの本が、この本です。
とにかく日常にチロがいる。
酔って帰ってきたら、チロを抱いて記念撮影。
奥さんとチロ。
昼寝しているおなかの上に、チロ。
物を書いている肩の上に、チロ。
本当に好きで好きでたまらない、いつもそこにチロと奥さんがいるのだな、というのがひしひしと伝わってきます。
猫の写真集は本当に多く、いかにも可愛い表情やしぐさ、カゴなどの小道具を使ったものが氾濫していますが・・・この本のチロは、実に自然です。
自然すぎて、自分が荒木さんの家に居て、自分が飼っているんじゃないかというくらい、入り込んでしまいます。
大変愛らしい表情やしぐさの写真が満載ですが、その中に捕ってきた獲物をもてあそんでいるチロの写真がありました。
それが妙に獣じみて見えたのは、さすが荒木さん・・・という所なのでしょうか。猫が鳥を捕食するのは当たり前なのに、そんな所を写した可愛い猫の写真集なんて滅多に無いですよね・・・猫を飼っている人には、当たり前の光景かもしれませんが。
ところどころに、荒木さん自筆の回想録のようなものが挿入されています。「HIROMIX01」という本も、こんな風だったかなぁ。
愛情だらけ、ノロケだらけですが、言葉遊びのような、不思議な文章です。頭の中にある感情をそのまんま吐き出したような文章。荒木さんの写真を文章で表したなら、こういう文章になるという事なのかな・・・と思いました。
ほとんどモノクロで独特の雰囲気がありますが、女性ヌードなどより、いくらかとっつきやすいはずです。
なので、猫好きさんだけでなく、アラーキーの写真入門編にもオススメです。
猫好きにはたまらない
猫の写真を撮ろうとしたことのある人ならわかるでしょうが、これが難しい。
写真家荒木さんが撮ったらどうだったのか気になって購入しましたが、じーんとくる写真集でした。
元気だったヨーコ夫人の写真も何枚か収められていて、荒木さんの愛情あふれる目線を感じ、
後半、ヨーコ夫人が入院して寂しくなった雰囲気をチロの後姿の写真に感じました。
フォトジェニックキャット
チロちゃんの可愛らしい表情に、思わず頬が弛んでしまいます。
天才アラーキーの手に掛かれば、相手がネコだろうとお構いなし。
フォトジェニックキャット誕生の瞬間である。
陽子夫人が、まだ元気だった頃。
二人と一匹のステキな三角関係。
この後に出版された「センチメンタルな旅/冬の旅」で見せる、どこが寂しげな姿が印象深い。
少女性 (荒木経惟写真全集)
荒木 経惟 平凡社 平凡社
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