関ケ原連判状〈上巻〉 (新潮文庫) 関ケ原連判状〈上巻〉 (新潮文庫)
安部 龍太郎   新潮社   新潮社  
古今伝授と関ヶ原の戦い・・・文は武より強し
古今伝授とは平安時代に始まり、古今和歌集の解釈を秘伝として弟子に伝えた歌学の家元制度のようなものである。室町時代に岐阜県大和町周辺の郡上郡を治めていた東常縁(とうのつねより)が古今伝授を集大成したことにちなみその大和町に、現在町おこしの一環として、「古今伝授の里」が作られている。その一角にある和歌文学館に行ったとき、私は安部龍太郎著『関ヶ原連判状』が置いてあるのを見つけた。   訓古学的古今伝授という歌道がなぜ天下分け目の関ヶ原に関係したのか?  戦国時代にその秘伝を受け継いたのは歌人でもある大名細川幽斎ただ一人であるが、細川幽斎の知らざれる側面とは?

私が『関ヶ原連判状』を読んだきっかけはそんな謎解きからであった。結果は面白くて、一気呵成に長い小説を読んでしまった。それは古今伝授を受けた細川幽斎がそれを種に朝廷外交を繰り広げながら、石田三成に立ち向かい、関ヶ原の戦いを生き抜く新解釈の時代小説である。私は大いに満足感を持って読み終わり、それ以降、安部龍太郎のファンになった。

関ヶ原の戦いを経て徳川の代に至る歴史の大きな激動期に、細川家は豊臣恩顧の大名でありながら才覚と行動力により、取り潰しにあわず家を守った。今日においてもその「生き残り策やしたたかな行動様式」は学ぶべき点が多いかもしれない。


戦国秘譚 神々に告ぐ〈上〉 (角川文庫) 戦国秘譚 神々に告ぐ〈上〉 (角川文庫)
安部 龍太郎   角川書店   角川書店  

薩摩燃ゆ (小学館文庫 あ 9-1) 薩摩燃ゆ (小学館文庫 あ 9-1)
安部 龍太郎   小学館   小学館  

彷徨える帝〈上〉 (角川文庫) 彷徨える帝〈上〉 (角川文庫)
安部 龍太郎   角川書店   角川書店  
足利義教の時代の歴史活劇
角川書店は、森村誠一の「太平記」を文庫化したのを受け、それを読んだ読者層を取り込むべく、少し時代の下った足利義教の時代を舞台にした本書をあわせて出版したのだろう。(私もその一人である)
南北朝時代ほどではないにせよ、室町時代の政治については、足利義満以外は学校で詳しく教えてもっらた印象はない。むしろ、金閣・銀閣といった室町時代の文化や、経済状況が中心だったように思う。

この作品は、南朝の流れを汲む後南朝の一派が、南北朝合一の時の両統迭立の約束を反故にした室町幕府に対し、倒幕、南朝再興を目指して繰り広げる駆け引きを、後南朝方の北畠宗十郎、幕府方の朝比奈範冬を軸に描く。物語の鍵は、後醍醐天皇が呪力を込め、その目を見たものは、足利幕府倒幕に駆り立てずにはおかないという黒色尉、白色尉、父尉の三つの能面。義満時代の大内義弘の反乱(応永の乱)も、この作品に登場する関東公方足利持氏の反乱(永享の乱)も、この能面がかかわっている。
黒色尉の面行方を求めて宗十郎と範冬が争うのが上巻。赤松満祐の将軍義教暗殺事件(嘉吉の乱)、嘉吉の土一揆で宗十郎と範冬が、再び相まみえる。
歴史活劇として十分楽しめる作品である。


血の日本史 (新潮文庫)
安部 龍太郎   新潮社   新潮社  
隆先生の後継者
この著者は『隆先生が最後に会いたがっていた』という伝説を持っています。
そしてこの作品は、隆先生のお目にとまったという、問題の本です。
この本は短編集なのですが、どれも傑作揃い。
まさしく隆先生の後継者です。
通史で一気に見る日本史の暗部
 6世紀から19世紀までの日本史を、短編小説を連ねて一気に描き上げるという離れ業を成し遂げた一冊。
 時代と場所は変わっても、あるいは己の権力を拡大・固守しようとしながら、あるいは世を変える理想を胸に燃やしながら、あるいはささやかな幸せを願いながら、欲望と謀略の炎に巻かれて消えて行く人々の姿は変わることなく、壮絶の一言に尽きる。

 これだけの長い時代範囲で様々な事件を題材にしながらも、作者の歴史と人間を見る視点が全く揺らいでいないことは瞠目に値する。
 この本を読み終わったとき、古代や中世に生きた人々が、近・現代の人間と同様に人間臭く思えてきたことに私は驚きを感じた。


風の如く 水の如く 風の如く 水の如く
安部 龍太郎   集英社   集英社  
壮大にして勇壮な「真実」が親子関係とともに浮かびあがる
おもしろい! 関ヶ原は納得がいかないことが多い。私には最大の謎は毛利の真意である。毛利の動きである。毛利の中途半端な動きである。この本は、それについてのひとつの解答である。黒田如水が息子長政に「なぜおまえは家康を殺さなかったのだ」と迫ったという話があるが、私にはそのこと自体が不思議だった。親の心、子は知らずとはよくいったもので、息子は親の心がまったく読めていなかった。頼りにしていた息子に裏切られたと父は思った。一方、家康は、息子秀忠を信じていなかった。凡庸な秀忠である。戦に遅延した。息子を信じていなかったからこそ、開戦に踏み切れたし、小早川の裏切りが絶対に必要だったのだ。壮大にして、勇壮な構想だ。

天馬、翔ける〈下〉 (新潮文庫) 天馬、翔ける〈下〉 (新潮文庫)
安部 龍太郎   新潮社   新潮社  

天下布武(上) 夢どの与一郎 天下布武(上) 夢どの与一郎
安部 龍太郎   角川書店   角川書店  
颯爽たり若武者!
時代小説の「キモ」は、何てったってヒーローの造形である。
主人公が颯爽としていれば、もう小説としては半分成功したようなものだ。

本書は安土におけるの武芸大会から始まる。肝煎りは天下の覇者・信長、賞として賭けられたのは絶世の美女・お玉(のちの細川ガラシャ)である。否が応でも興趣盛り上がるその大会に最有力候補として下馬評に挙がっていたのは文武に長けた主人公・長岡与一郎。主人・信長からも参加を懇望されたのに、なぜか頑として参加しようとしない・・・。

文武に秀でたハンサムガイ、出世も思いのままであろうに命を賭けて「意地」を張る。
それがよい。隆慶一郎の一夢庵風流記 (新潮文庫)前田慶次を思い出させる。

一級のエンターテインメントとして、文句なくお勧め。
南蛮貿易
本能寺の変の裏側にある策謀が面白く書かれてました。
読みやすく、面白かったですよ。

生きて候(上) (集英社文庫) 生きて候(上) (集英社文庫)
安部 龍太郎   集英社   集英社  

信長燃ゆ〈上〉 (新潮文庫) 信長燃ゆ〈上〉 (新潮文庫)
安部 龍太郎   新潮社   新潮社  
否定説が有力な朝廷・公家黒幕説を採る本だが、信長挽歌として捨て難い。
本書はたしか2000年頃に日経新聞夕刊に連載された小説。公武の確執という観点から本能寺の変での死までの信長最晩年を描く。本能寺の変の真因に関するいわゆる朝廷・公家黒幕説に依拠する本で、当時はその説が流行しており、私もワクワクして日経新聞夕刊が届くのを待っていたものだ。しかしながら、この説は信長は謀略で殺されたのか―本能寺の変・謀略説を嗤うによって論理的に否定されており、今では光秀単独犯説が確立したといってよいだろう。故に、本書で歴史の真相を知ったとは考えないでほしい。いくら文武両道に秀でた近衛前久とはいえ変に備えて戦支度をするなど公家がそこまでするはずがないではないか。その他、冷静に考えるとあり得ないことは多く、本書は「本能寺の変」はなぜ起こったか―信長暗殺の真実で指弾されている「荒唐無稽」な本の1つかもしれないが、だからといって無視できない魅力がある。左義長の描写から惹きつけられるし、荒唐無稽ついでにフィクションとして公武の垣根を越えた信長と勧修寺晴子の恋愛や信長に恨みを持つ伊賀の忍者を登場させる。恋する信長を描いた小説は寡聞にして他には知らない。前久や晴子の心を掴む一方、前久が信長を打倒せねばならぬと考えるに至る信長の冷酷な行動、特に甲州攻めと武田勝頼の悲劇、そして朝廷・公家を信長打倒の黒幕にするのは論外としても、公武の微妙な関係はよく描かれている。ただ、信長晩年の底知れぬ孤独までは感じられず、その点では安土往還記 に及ばない。しかし、陰謀を悟った晴子が必死で本能寺に駆けつけようとする姿は哀れではないか。歴史的事実とは離れた壮大な娯楽フィクションとして充分楽しめる本と私は思う。
巨星をなぜ墜ちたか
宗教に代表される中世的権威をとことん破壊し、近代日本社会の基盤をつくったのは織田信長である。
信長なかりせば、近代日本の歴史はよほど違っていたものになっていたことは間違いない。

作家の塩野七生氏も「信長が日本に政教分離を確立した」と高く評価しておられるが、
信長が「第六天魔王」と罵詈讒謗を受けながら強行した一連の「対宗教戦争」によって、
日本では政治権力が宗教に優越することが確定した。
実に西欧における政教分離原則の確立に先立つこと200年である。

その日本史上に輝く巨星が、権勢の絶頂において、部下の頭を張り倒したことくらいで殺されるものだろうか? 
本能寺の変の「光秀怨恨説」には、昔から胡散臭いものがあった。

本書は、信長がなぜ失墜しなければならなかったかを、最新の歴史研究の成果も踏まえ、あますところなく描いている。
本書の説が歴史の真実であるかどうかは、わからない。
だが、十二分に説得的であり、何より小説として抜群に面白いのだ!!
公武相反する妙味。
稚拙な信長モノ書って、光秀のうらみつらみ説が主流であんまり面白くはないですが、本書は公家VS信長って感じであるいみ新鮮味があります。
歴史的になにが本当なのかというと、実際のところよくわかっていないわけで、少なくとも広く言われている「光秀がいじめられて~」なんていうのは「物語」なわけです。
諸説あり増すが、想像の範疇を脱しないわけで、そういう中では本書は旧来の光秀怨念説一辺倒ではない分楽しめます。
前久におんぶしすぎ
 公家と武家との対立で信長は滅んだ、という印象を受けるが、公家一人にこれだけの実力があれば天皇家は武家に力押しされなかったのではないだろうか。
 誰もが本能寺の小説を書いているが、ひとつとして納得のいく書物はない。なにかと理由付けしようとするからだろう。
 そもそも光秀が信長を討ったということは光秀がどういう人物か、というものが分かっていなければ書くのは難解である。
 例えていうなら現在の警察とすると、被害者である信長を容疑者である光秀が殺した、ということならば被害者の詳細は把握してるが、捕まえた光秀の性格は何一つ分からない、ということはありえないだろう。
 その論点から講じない限り、本能寺の変は納得のいくような結論は出ないかと思われる。
新しい切り口で始まります
数年前に新刊本が出たときからこの本を注目していましたが、この度、文庫本が出版されたことで迷わず購入しました。
あとがきにも著者がかかれていますが、この本は、洋書に見られるような工法を取り入れられています。普通、起承転結で始まりますが、この本は、冒頭が「結」です。いきなり「本能寺の変」の事件模様をドラマチックに物語っています。最初の部分に動乱があり、小説の目玉となる見どころのひとつになっています。
戦国時代の武勇伝をお気に入りの方はお奨めできませんが、大河ドラマ的な小説がお好みの方にはこういう切り口の小説に新鮮味が感じられることかと思います。

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